「何か、辛いことがあったのですね」





 エルビナは応えない。静かに肩を震わせ、俯いたままだ。



 沈黙は肯定を意味する。

 俺は静かにため息を吐いた。



 前々から、兄上の素行には問題があった。

 婚約者が居ながら、他の令嬢にフラフラするのはもちろんのこと、夜会の際にエルビナのエスコートも碌にせず、時に悪口を吹聴する。

 恐らくは、それらの行動がエスカレートしてしまったのだろう。婚約解消に至ったのも無理はない。





「兄上はどうかしています。あなたはこんなにも美しく、優しい人なのに」



「まぁ……! そんな風に思っていただけるのですか?」



「もちろんです。

これからは兄上の分まで、俺があなたを誰よりも大事に――――幸せにしますよ」



 これは国のため、政略のための結婚だ。



 けれど、彼女は素晴らしい女性だし、婚約者を大切にするのは当然のこと。これまで辛い思いをさせた分、俺がエルビナを甘やかしてやろうと心に決める。





「よろしくお願いいたします」





 俺達は微笑みながら、握手を交わした。