4.

待ち合わせたカフェで待っていると、ほどなくして西城さんがやってきた。

「お待たせして申し訳ない。髪、随分切ったんだね。よく似合ってる」

ややこわばった表情ではあるけれど、必死に笑顔を作ろうとしているのがわかる。

私は立ち上がり、一礼した。

こんなところに私みたいな人間が呼び出すような相手ではないことも重々承知している。

今はプロ棋士ではなく、父である西城さんと向き合っていた。

運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ父は短く息を吐き、私を正面から見据える。

「ずっと幸と樹ちゃんを探していた。ついに樹ちゃんがあのサロンにいることを突き止め通うようになったんだ」

「どうして、母と別れたんですか……?」

「それは……」

父はゆっくりと言葉を選びながら語り始めた。

************

母と出会ったのは、まだ父が大学生の頃。

当時からプロ棋士であった父は、心の支えであった母とは同棲をしており、次の大きなタイトルを獲った暁には結婚しようと約束していた。

周りからの期待を一心に受けて臨んだタイトルにあともう少しで手が届きそうというところで止む無く敗退する。

代々プロ棋士を輩出している名門の家柄だった父は、自分の両親に母と同棲していることがばれ、一般家庭で育った母とはすぐに別れ相応の相手と見合いをするよう説得される。タイトルを獲れないのは母はのせいであり、母は疫病神とさえ言われた。

父は必死に両親を説得していたが、両親は父の知らないところで母と会い別れるよう伝える。

そして、置手紙を残して母は突然父の前から姿を消した。

【樹は私がしっかり育てます。あなたは自分の使命を必ず果たして下さい。幸より】

母は、既に妊娠していた。

妊娠がわかった時、父と母が、大きくのびやかに育ってほしいという願いを込めて、また男の子でも女の子でも通ずる「樹」にしようと二人で考えた名前だった。

**************

「母は……自ら離れていったということですか?」

「申し訳ない。全て両親を説得しきれなかった僕のせいだ」

西城さんは私に頭を深く下げ続ける。

「幸と樹ちゃんにどれほどの苦労をかけたかと思うと……あやまって済む話じゃないこともわかっている。まさか幸がなくなっていたなんて、今日聞くまでは本当に知らなかった」

そう言うと、父は両手で顔を覆い肩を震わせた。

父は私たちを捨てたんじゃなかった。ずっと探してくれていた。

離れてしまった私たちを思い苦しみながらこれまでの人生を費やしてきたんだ。