「私どうすればいいのかわからなくて……恨んでいたはずの父とまさか顔を合わすことがあるだなんて」

「樹ちゃんはお父さんのこともっと知りたいとは思わない?」

「思いません。母と私を捨てたような父なんて」

「捨てたっていうのはお母さんが言ってたの?」

「いえ……」

「何か事情があったのかもしれない」

「じゃぁ、どうして母は父と一緒に暮らさなかったんですか?子供も授かってるのにあり得ないです」

「それは、俺にもわからない。君のお父さんしか知らない真実があるのかもしれない」

父にしか知らない真実。

母と父にしか知らないことがあるかもしれない?

「お父さんと向き合わなければ、それは一生わからないだろうね」

彼はそう言うと、私の手をそっと握り締めた。

「君が囲碁をしているのは偶然じゃないと俺は感じた」

偶然じゃないってことは、母がこういう風になるかもしれないってわかってて私に囲碁をやらせたってこと?

「真実を知るのは誰だって怖い。だけど、俺が樹ちゃんのそばについてるから」

「ついてる?」

「ああ」

彼は微笑むと私を再び優しく抱きしめた。

「善は急げだ。今から会っておいで。俺は話が終わるまで待ってるから」

そう言うと、彼は座席に座りなおしシートベルトをつけた。

車は軽やかにバックすると、もと来た道を走っていく。

まだ心の準備も何もできてないのに。

神楽さん!あなたのペースにずっと振り回されてます!

でも……。

神楽さんに背中を押されなければ、もう父と向き合おうとは思わなかったかもしれない。

西城さんとは三回しか会っていないけれど、どうしても悪い人には見えなかった。

むしろ、そばにいて落ち着くような不思議な感覚がずっとあった。

西城さんの震える手と涙に、私の知らない母との真実があるのかもしれない。

例えそうだとしても、それを知るのはやはり怖いけれど。

囲碁サロンに電話をかけ、西城さんの居場所を尋ねると、既にサロンを後にしたとのこと。

「樹ちゃんだけだよ」と小さな声で、受付のおばさんは西城さんの連絡先を教えてくれた。

車に揺られながら、震える指で西城さんの連絡先を押していく。

『はい、西城ですが』

「樹です。本条樹です」

両手でスマホを支えながら言った。