「山と街と海、全てが揃ってる景色を独り占めできる場所なんだ。仕事や人間関係で疲れたらこの景色を眺めると気分が落ち着く」

彼はシートベルトを外すと少しだけ座席を倒しゆったりともたれる。

「こんな場所、初めて来ました」

「お気に召した?」

「ええ、もちろん!こちらにはよく来られるんですか?」

「うん。時間ができた時は一人で来る。誰かを連れてきたのは初めて」

「初めて?」

初めてってことは、今までの彼女さんすら連れてきたことがないってこと?

いや、それは絶対あり得ない。私を悲しませないための優しい嘘だ。

「嘘だと思ってるだろ?」

そんな私の気持ちを見透かすように、彼は即座に笑いながら言った。

「そりゃそうです。私なんかが神楽さんのお気に入りの場所に初めて連れてきてもらえるなんて、そんなのおかしいですもん」

「おかしい?どうして?」

「だって神楽さんは、私なんか相手にするような方じゃないことくらいわかってます」

「それは理由になってない。俺が君を好きになっちゃいけない理由があるなら教えて」

ドクン。

全身が大きく脈打つ。

これも、きっとおちょくられてるだけだ。

御曹司の気まぐれ。暇つぶし、且つお遊びの一つ。

「冗談言って困らせるのはやめて下さい」

そう言った瞬間、自分でもどうなってるのかわからない状態になっている。

私、彼に抱き締められてる?

暖かくて大きな彼の体の中にすっぽりと入ってる。

そして彼が耳元で言った。

「樹ちゃんを悲しませるものは何?一体何があった?」

優しい彼の低音ボイスが、耳から体の奥にゆっくりと流れおちていく。

やはりバレてたんだ。

私が泣いてたこと。

「何でもないです」

「話して」

「大丈夫です。本当に」

そう言った直後、私の唇は彼の唇に塞がれていた。

こういう時は目をつむらないといけないのに、思わず大きく見開いてしまう。

彼のきれいな目が近すぎて彼のいい香りがそばにありすぎて、意識が飛びそうになるのを必死に堪えた。

柔らかい唇がそっと離れる。

「次、同じように俺を拒否したらまたキスする」

「なんですか?それ……」

彼のすることは私の想像に及ばない。

思わず恥ずかしさと嬉しさを飛び越えて、笑ってしまった。

彼も笑う私を見て微笑む。

やっぱりこれは夢だ。

彼が私のことをどう思っていようと、私がこれから話すことをどう感じようと、夢ならば夢に任せよう。

私は少しずつ、これまでのことを彼に話した。

神楽さんは話を聞き終わると、「そうだったんだね」と呟き、私の頭を優しく撫でる。