美容院の扉を開けると、目の前に黒いセダン、そしてその車にもたれるような恰好で神楽さんが待っていた。

ベリーショートになった私を見て、彼は目を細める。

やっぱり男の人は長い髪が好きなんだろうな。

短い前髪を恥ずかしさを紛らすようにかき上げ、彼に近づいた。

「樹ちゃん、短いのもすっごく似合ってる。かわいいよ」

そう言って、神楽さんは私の頭を優しく撫でる。

ひゃー!

思わず卒倒しそうになって自分のパーカーの裾をぎゅっと握った。

「さぁ、乗って。今日は俺が運転するから助手席にどうぞ」

彼は私の肩を抱き、助手席のドアを開ける。

「ありがとうございます」

二度目だけど、こういうのに慣れない私の体はやはりかちんこちんだった。

「リラックスして。俺は樹ちゃんを傷つけるようなことは決してしないから」

運転席に乗り込んだ彼は、私の相変わらずの緊張を察したのか少しおどけた調子で笑う。

エンジン音が静かに響き、車は美容院の前から離れていった。

どこに行くのかもわからないまま、街の風景が目の前を流れていく。

空はいつの間にかうっそうとした雲は晴れ、青空が広がっていた。

神楽さんは不思議と何も話さない。

車内に流れるラジオの曲は、随分昔に聞いたことのあるアメリカンミュージックが流れていた。

少しずつ緊張がほぐれていく。

街を抜け、車は山中に入っていきフロントガラス一面が新緑で覆われる。

時折緑の合間からこぼれる日の光がチラチラと二人を照らし、まるで優しく手招きしているようだ。

こんな場所、幼い頃母に連れてきてもらって以来だな。

山道をしばらく走ると、彼はその途中のわき道に入っていった。

舗装されていない道は時折上下に揺れるが、きっとタイヤがいいせいか自分への負担は全くない。

贅沢な時間だ。神楽さんと二人きりで誰もいない新緑が輝く場所へ高級車に乗って向かっているなんて。

これは、ひょっとしたら夢かもしれない。

目が覚めたら夢占いを見なくちゃ。

いや……夢占いなんてどうだっていい。

この夢をずっと覚えておければそれだけで幸せだ。

「わぁ~」

車が静かに停車した場所から広がる眼下の景色に思わず声が出る。

山が連らなった向こうに小さく町が見え、更にその奥に海がまばゆいばかりに輝いていた。