『樹、ちゃん?』

「はい……うぐっ」

嗚咽が漏れてしまい慌てて口を塞ぐ。

『……何かあったの?』

そんなこと言われたら、余計に涙が止まらなくなるじゃない。

「何も……ありません」

『そうか……それなら問題ないね』

へ?問題ないって?

『これからデートしよう』

「デート?あの、これから私は美容院に行く予定なので……」

『美容院まで迎えに行くよ。場所教えて』

なんて強引なんだろう。

そして、なんて自分本位に話を進めるんだろう。

だけど、彼のペースにすっかり乗せられ、美容院の場所を教えてしまった。

『切り終わった頃に外で待ってるよ』

「は、はい……」

電話が切れた頃には私の涙はすっかり乾いていた。

今は泣いていた理由以上に、彼に会えるということに胸が熱くなっている。

もう会わないって決めたのに、今日はどうしても彼と会いたかった。

重くのしかかった西城さんのことが、神楽さんと会えば幾分軽くなるような予感がしていたから。

例えそれが一瞬だったとしても、私には必要な時間だと思った。

急いで美容院に向かう。

そして、鏡の前に映る自分にはっきりと言った。

「ばっさりお願いします」

美容師さんは少し驚いた顔をするも、「了解しました」と言って優しく微笑み私の髪にはさみを入れた。

ジョキッ、ジョキッ、とハサミが入るたびに煩悩が断ち切られていくような清々しさを覚える。

切り終わった後、髪ってこんなに重たかったんだって思うほどに頭が軽い。

耳を出し、前髪も短めに、後ろもしかり。

少年のような髪になった自分を見つめながら、変わらなければならない時が来たとささやく足音が聞こえたような気がした。