私の余韻を断ち切るように、彼はすくっと椅子から立ち上がり、襟元を正し私に視線を落とした。

「樹ちゃんのお友達がお待ちかねだろうから今から超特急で送り届けるよ」

あ、そうだった。

「はい」

早く美咲のところに行かなくちゃ。

それなのに、私の気持ちはまだ神楽さんと一緒にいたいと思っていた。

夢みたいな時間はあっという間で、そして、本当にこれで彼と会うのも最後かもしれない。

車に揺られながら、私は好きになってはいけない神楽さんに完璧に恋をしていると確信していた。

車中では、何も話せないままマンションに到着する。

「今日はお付き合いありがとう」

「いえ、送ってもらってありがとうございました」

開いたドアから出ようとした時、彼が私の手首をつかみ引き止めた。

「君が迷惑じゃなければ、次は電話に出て」

神楽さんの目はかすかに潤んでいるように見えた。

彼みたいな人が、私なんかに真剣にそんなことを言うなんてどう考えたって夢物語。

きっとこれは何かの間違いなんだわ。

美咲にも厳しく言われたけれど、きっと忘れなくちゃいけない人、なんだよね。

「……はい」

私はそう言うと、右奥歯を噛みしめ車から外に出た。

車のドアが閉まり、神楽さんを乗せた車が見えなくなるまでその場で見送る。

というか、しっかりこの目に焼きつけたかった。

最後かもしれない彼の姿を……。