ブー、ブー……。

ふいにバッグの奥からスマホのバイブの音が響いているのに気づく。

あ、しまった!まだ美咲に連絡していなかったんだ。一気に血の気が失せる。

彼に断りを入れて、スマホを取り出し美咲からの着信だと確認すると急いでレストランの外に出た。

『樹?遅いけれど、何かあった?』

「ごめん、美咲!連絡するタイミングがなかなかなくって……」

『何?また部屋番号忘れちゃったとか?』

まさか私が今こんなことになってるとは露知らず、電話の向うで呑気に笑う美咲の声が聞こえる。

「急用ができて……少し遅れそうなの」

『そうなの?何時くらいになりそう?』

時計を見るともうすぐ十三時になろうとしていた。

「用事が終わり次第連絡する。先にお昼は食べておいてね」

『了解。こないだは私がドタキャンしちゃったし、気にしないでゆっくり用事済ませてきてねぇ』

どこまでも大らかな美咲に救われる。

これで気兼ねなく、いやいや、さっさと試食を済ませて美咲のうちに向かわなくては。

スマホをバックの奥に仕舞うと、再びレストランに入った。

一番奥の窓際の席に既に彼が着席しているのが見える。

慌ててその場所に駆け寄った。

「すみません!」

「お友達には連絡できた?」

「はい」

「今日はすまない。なるべくスムーズに料理を運んでもらうよう頼んだから、もう少しお付き合い頼むよ」

すまない……だって。意外なその一言に胸の奥がキュンと鳴いた。

その後、食前酒から前菜、スープ、サラダにメインディッシュまでが私たちの食べるペースに合わせて絶妙なタイミングで運ばれてくる。

どの料理も、おいしいだけではなく、暖かみのあるどこか懐かしい味だった。

高級ホテルのレストランなんて普通なら緊張してしまうけれど、そんな緊張を解くような盛り付けや味が固くなった心を癒してくれる。

彼が言ってた、本物がそこにあると感じた。

最後にコーヒーとデザートのアイスを食べながら、彼に私が感じたままを伝える。

真剣な眼差しで私の話を最後まで聞き終わった彼は、口元を緩め一度頷くと吐息交じりに言った。

「ありがとう」

ありがとう、だなんて。

大きく心臓が震える。

「いえ、こちらこそ、今日はこんな素敵な場所とお料理をありがとうございました」

「君に出会えてよかった、本当に」

あまりにまっすぐ見つめる彼の瞳に顔が熱くなっていく。