重厚なエレベーターの扉が静かに開くと、目の前に広いフロアとその向こうにレストランらしきモスグリーンの扉が見えた。

扉は木製で周囲には花と緑がセンス良く飾られ、まるでフランスの田舎町の素敵なレストランに来たような錯覚を覚える。

高級ホテルには似つかわしくはないかもしれないが、私にはそれがとてもホッとする空間で、思わず足を踏み入れたくなるような風景だった。

「素敵……」

モスグリーンの扉の前で思わず気持ちが口からこぼれる。

「そうだろ?ここだけホテルとは別空間に仕上げたかったんだ」

うん。確かに、ホテルであるなんてこと忘れさせてくれる。

彼は扉をそっと押し開けレディファーストと言わんばかりに私を先に通してくれた。

中に入ると、白い壁に赤茶色の石畳が奥まで伸びており、奥には明るいレストランフロアが広がっている。

そこかしこに季節の華憐な花々と観葉植物が飾られていて、まるで外にいるかのような小鳥のさえずりがBGMとして流されていた。

石畳を抜けると、本物の緑で縁どられた大きな幾つものガラス窓の向うに神楽さん宅のバルコニーに匹敵するくらいの都心が一望できる。きっと夜景も格別なのだろう。

置いてあるテーブルも椅子も暖かみのある木製で、個々のスペースは観葉植物や花々で仕切られていた。

どこまでも彼の拘りが見受けられる癒しの空間に圧倒される。

「高級、高級っていうけれど、何が高級なのかっていうのはきらびやかなものだけでは測れない。心があらゆる点で満たされなければ本物とは言えないと考えているんだ」

彼はレストスペースを見渡しながら、自信に満ち溢れた表情で言った。

そんな彼の瞳は少年のようにキラキラと輝いていて、こんな男性が今までそばにいたことのなかった私にはその姿から視線を逸らすことができなかった。

ずっと見ていたいとさえ思う。

こんな場所に彼に連れてきてもらえたことが、嬉しいと言う以上に感動で心が震えていた。