一週間前に訪れたマンションは、二度目の方が馴染んだ景色として私の目に飛び込んでくる。

囲碁で一瞬私の記憶から消し去ったはずの神楽さんの優しい眼差しと共に。

玄関の扉の前に立ち、美咲の部屋番号をゆっくりと押していく。

8、0、8……と。

呼出しと書かれたボタンを押そうとしたら、目の前の玄関扉がスーッと開いた。

誰かが中から出てくる。

「樹……ちゃん?」

見上げると、紛れもなく一週間前に出会った神楽さんが目の前に立っていた。

今日はびしっとグレーのスーツという出で立ちに、長かった前髪はオールバックにされていて、美しい顔がおしげもなく露わになっている。

澄んだ切れ長の目に捉えられた瞬間、時間が止まった。

いわゆる釘付けというやつだ。

鼓動がどんどんと揺れるほど体中を打ち付けて、顔に血液が昇っていく。

今日、一番会いたくて会ってはいけない人。

「樹ちゃん」

彼は静かにもう一度呼んだ。

「は、はい」

足元に視線を落とし、ようやくその一言を吐く。

「俺、避けられてる?」

うつむく私に優しい声が頭上に響く。

「何回か電話したんだけど、なぜか君は出てくれない」

「……」

「そういうの、」

俺は嫌い、って言われるかもしれない。うん、きっとそうだ。返事もしない失礼な人間、誰も好きになんかならない。

「そういうの、逆に燃え上がっちゃうんだけど」

そう言うと、彼は不敵な笑みを浮かべ、私の腕を掴みひっぱっていく。

え?なになに?

こんな不敵な笑みを浮かべる神楽さんは以前にはなかったはず。

マンションの下に黒光りする大きな外車らしきセダンが待機していて、彼と私がその前に立つと後部座席が開いた。

「さ、乗って」

「は?!」

彼は私の体を優しく押しやり、後部座席に乗せると、自分もその隣に乗ってきた。

ヘアワックスの香りだろうか、爽やかないい香りが神楽さんから漂ってくる。

「あの、すみません、これから私友達のところへ行かなきゃならないんですけど」

やっとの思いで絞り出す。

「申し訳ないけれど、お友達には少し遅れると伝えて」

「一体どういうおつもりでしょうか?」

「君こそ俺の電話を無視し続けてどういうつもり?」

やっぱり、神楽さんもただの男なのだろうか。

こんな拉致みたいな真似して。男という以上にお金持ちの考えることはわからない。

それなのに、ちっとも嫌な気持ちになっていない自分が少し腹立たしくもあった。