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 着々と進むセッティングに会場の設営。

 とにかく、このイベントさえ済めばルームシェア生活も終わるし、針のむしろからも開放される。あともう少しの辛抱だと割り切り、今日、明日を乗り切ることにした。

 これからリハーサルを始めると集合をかけられ、側にいた透吾共々バックステージに向かう。途中、何気なく触れたジーンズの後ろポケットに違和感を覚えたのはその時だ。

 携帯がなかった。

 不審な動きで辺りを見回していれば、立ち止まる透吾がこちらを振り返る。「何だ?」と言うから携帯が見当たらないと伝えると、彼は自身のスマホをジャケットの左ポケットから取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。

 しばらく様子を窺い「反応ねーな」と言う呟きから、私の携帯の場所を確認しようと鳴らしてくれていたのだと気づく。どこかに落としたのかもしれないと募り始める焦りに、探れども分からない必需品に肩を落とした。

 そのすぐ後だった。楽屋に続く廊下の方で、落し物の持ち主を探している声が聞こえたのは。

「あれ、お前のじゃねぇの?」

 まさかと目を凝らしスタッフの手にしているものをじっと見つめる。小さなそれを「このスマホ」と叫ぶ声に、思わず手を挙げていた。