ただ触れ合うだけのキス。

 しかし、この心を掻き乱すのには充分で。

「俺の知ってる伏見絆利は、根暗でも嫌われ者でもない。いつも遠慮なく大口開けて笑う元気な人で、素敵な人。⋯⋯俺の大好きな人⋯⋯」

 ホテルから少し距離をおいたこの辺は案外田舎に感じられる。家も疎らで落ち着いていて、別荘を建てるのにはとても適している場所だ。夜も静かで空気もキレイだから、空がこんなにも澄みきっているのだろう。

「これ、一応渡しとく。今回のコレクションに参加するデザイナーの名簿」

 ブランド名くらい把握してないとヤバいだろう? と差し出されたそれをとりあえず受け取る。言われてみれば主催者の『聚楽──Juraku──』しか、まだブランド名を覚えていない。

 後で必ず目を通しておくと言う私に、「俺には遠慮しなくていい。いつでも頼って」と、この頭を優しく撫でる。

「それじゃあ、俺は先には部屋に戻ってる」

 私はただ頷くだけ。それしか出来なかったのだ。不意打ちのキスに動揺しすぎて、脳内てんやわんや。室内に戻っていくその後ろ姿が思いの外とても男らしく見えて。この後、どんな顔して彼と過ごしたらいいのか?

「わけ分かんない⋯⋯」

──── 「榊伊織はお前に惚れてるって話」⋯⋯そう言っていた千知の直感が、どうも当たっていたようで。

 取り残されたように、一人ポツンと佇んでいた。