優しい声に思いやりある言葉。思わず泣きそうになるのを必死に堪える。────その時、どこか聞き覚えのある曲が一瞬耳を掠めた。反射的に「あっ」ともらした声に、「どうした?」と勢いよく返ってくる慌てたような声。【何でもない】と取り繕うのは一体何度目か? 余計な心配は無用だと笑って誤魔化し、書類の件は了解したと相手の反応を窺うことなく通話を終了した。

 それは忘れたつもりで、忘れられなかった苦々しい記憶。私にとって、しょーもない失恋にハートをボッコボコにされたあの日の思い出としてこびりついているラブソング。男女の惚れた腫れたを綴った無闇やたらと人の背中を押す、押し付けがましい恋愛応援歌だった。

 誰しもその轍に汚点を残す。

 私もまた、脳裏を掠めた苦い思い出に、覆い隠していた古傷が酷く痛み出していた。