今しがた冷蔵庫から取り出した未開封のミネラルウォーター。そのキャップを捻り開けたところで気づいたものに手が止まる。それは少々散らかったテーブルの隅に置いていた携帯の僅かな振動だった。慌てて確認したディスプレイには、『イオ』という名前の表示。どこか急かされているような気分になり、開けたキャップに口をつけることなくそれを閉め直した。

「もしもし?」という定型文に【テンション低っ】と電話越しに笑いが漏れ聞こえて来る。「普通です」とそのまま携帯を肩で挟み、今一度ペットボトルのキャップを一捻り。難なく開いたそれをひと口含み喉を潤せば、ゴクリとその奥が鳴った。

【絆利はいいよなぁ】

「どうせ、電話番くらいしかできませんから」

【皮肉かよ】

「誰のせいでしょう?」

【今度は嫌味?】

 キャップを閉め肩から携帯を抜くと、首を起こし反対側の耳に押し当てる。他愛のない会話が妙に心地いいのは、余計な気遣いや遠慮の必要がないから。普通、五つも年下の青年から「絆利」なんて呼び捨てにされたら、多少なりとも頭にくるものだ。けれど伊織にはどこかそれを許せる愛嬌があった。そんな関係性が私にとっては居心地よかったのだ。