とはいえ、沙帆もなかなかやる女だ。あれから早くも彼の母親の心を掴んでいるなんて。逆に感心していた。

 けれどその千知自身はその気がないのか? はたまた彼女に飽きたのか? 結婚する気はないと断言しているところから、それを断る口実に私を利用した────と、大体そんなところか?

 俯いていた顔を上げると、こちらを程よく睨んでいる鋭い視線と目が合う。何で私がこんな目に⋯⋯と逃れられない眼力に後悔。すると「あなたも女性を見る目がないわね」とガッツリ上から目線でねじ伏せられた。挙句の果てには「図々しい()」と吐き捨て、そのご婦人は顔を背ける。

「今夜のディナーには顔を出しなさい。あなたも“一応”高村家の人間なの。立派な婚約者がいるのに、そんな貧祖な女、遊び相手にも恥ずかしい! 沙帆さんにも失礼よ!! いいわね!!」

 捨て台詞は「そんな貧祖な女」。まぁ何一つ間違ってはいないものだから、言い返せないのが何より悲しくて。それでも、初対面の人間相手に人格全否定なんて⋯⋯いくらなんでも失礼すぎやしないかと内心憤っていた。

 奥様御一行が立ち去った後の開放感といったらない。庶民にはお金持ちの価値観は理解できないと「強烈⋯⋯」と呟いたが早いか、「あれが、俺を育てた人だ」とこの身を引き寄せていた腕が離れる。そこは「母親だ」と説明するのが妥当かと思ったのだが、彼は敢えてそう表現することを避けているようにも思えた。