「何でそう、言い切れるんだよ。」
思った事を口に出すと、疾風にそう言われた。
苛立ちをも感じさせるオーラを纏っていて、今にも僕に当たりそう。
何でって……そりゃあ……。
「あの幸せそうな雰囲気なら、嫌でも感じちゃうでしょ。」
草薙さんの事があった日から、しーちゃんは明らかに雰囲気が変わった。
その中に幸せオーラが入ってただけ。
それに新さんと会った時のしーちゃんの幸せオーラはすぐ分かるくらいに、倍増していた。
獣族の疾風なら、それくらい分かるはず。
なのにそう聞くって事は、しーちゃんが新さんのことを好きになってるって認めたくないんだよね。
……そんなの本当は、僕だって認めたくないよ。
「でも二人とも、今は栞の護衛が大事だよ。」
……え?
ネガティブな考えに二人揃って走りそうになった時、明李君がおもむろに口を開いた。
護衛が大事なのは、流石に分かってるよ。
その上で悩んでるって言うのに、何を今更言って……。
「二人とも、栞が大事なんでしょ?なら今は、栞を草薙創から守らなきゃ!」
ねっ!と言いながら立ち上がって、真剣な眼差しで僕たちを見据える明李君。
その視線には恋心こそ入っているものの、純粋な気持ちのほうが大きかった。
それだけ明李君は、しーちゃんの幸せが大事だって事なのかな。
僕の気持ちを読んだのか汲み取ったのか、明李君はこう口にしだした。
「僕だって栞のことは大好きだし、新さんにも渡したくない。でもそれよりも栞には、笑っててほしいんだ。僕のものにならなくても良いから、傍にいてほしいんだ。」
切なそうに振り絞ったような声色で訴える明李君に、胸が締め付けられる。
……そう、だよね。僕は取られたくないって言う気持ちよりも、しーちゃんの幸せを願いたい。
しーちゃんが笑ってくれてないと、新さんから奪えないし。
「明李の言う通り、だな。悪かった、変な事相談して。今は栞の安全を確保しないとな。」
疾風も考え直したのか、すっきりした笑顔でそう言い放った。
心のモヤモヤが晴れたらしく、邪念がなくなっているように見えた。
やっぱり疾風も、しーちゃんのことが好きなんだよね。
考えれば考えるほど、しーちゃんへの気持ちは大きくなっていく。
それが色褪せる事はないし、消える事なんてない。
だからこそ……しーちゃんを誰よりも大事にしたい。
草薙さんにも、邪魔されたくない。
「そうだね~。しーちゃんが笑ってくれたら、今はそれだけで十分だからね~。」
「おい、ちゃっかり“今は”とか言ってんじゃねーぞ。」
「そうだよっ!いくら和向でも、それは見過ごせないっ!」
え~……見過ごせないって言われてもなぁ。
「こういうのはアピールした者勝ちだよ~。ふふっ。」
しーちゃんが好きすぎて、元々の目的を忘れかけた。
僕は、僕たちは絶対に……しーちゃんの幸せを壊さない。壊させない。
まさか明李君に言われるとは思ってなかったけどね。
それだけ気持ちが大きいって事だろうなぁ~……。
しーちゃんの護衛は一筋縄じゃ行かなそうだけど……絶対に守り抜くよ。
……相手が理事長の息子の、草薙さんであろうとも。
今は生徒会活動時間。
いつもならここには、栞もいるはず。
だけど数日前からある事件が原因で、栞は生徒会室に来なくなった。
生徒会の奴らはみんな、もう栞に魅了され切っている。
それは俺も例外じゃなく、栞の人間性に惚れた。
面倒な仕事でも嫌な顔一つせずに引き受けてくれたり、進んでフォローに回ってくれたり……。
時にはコーヒーを運んできてくれて、生徒会の癒し的存在になっている。
だから今の生徒会の雰囲気は……最悪と言っていい。
こんな事態になった原因は知らないけど、栞に何かがあったのは間違いない。
天が何かを知っているらしいが、教えてはくれない。
そして今一番苛立っているのは……創だ。
創も何か握っていると思うけど、それ以上に苛立ちオーラが隠しきれていない。
何であんなに、イライラしてるんだろう。
創は普段から温厚な性格で、苛立つ事なんて滅多になかった。
なのに今は、使っているパソコンを壊しそうな勢いで仕事をしている。
でもあーやって創が苛立っているのは、少し考えたら結論が出た。
「栞先輩、どうして来てくれないんでしょうか……。」
そう考えた時、都真が思っていた事を口にした。
その言葉に、俺も心の中で大きく頷く。
創が栞に好意を寄せているのは周知の事実だし、それ以外の結論がない。
その上愛が重たすぎていわゆるヤンデレだから、余計にイライラしているんだろうな。
創に同情する気はないけど、都真の言葉には同意したい。
どうして来なくなったかは不明だけど、できれば知りたい。
……俺は、栞を好きなただの男だから。
だけどそう思ったと同時に、天が聞いた事ないくらいの低い声で言葉を発した。
「創、どうして栞が来なくなったのか……知ってるでしょ?さっさとこの事態を片付けて、栞を神々から取り返さないといけないのに。」
静かで淡々と言う天に、一種の違和感を覚える。
天がここまで怒りを露わにするのは……初めてだ。
天は他人の為に怒るほど、情がない。
だから今、こんなに怒っている天を見て驚きに似た感情を抱いた。
「あなたに言われる筋合いはありません。僕だって分かってますよ、それくらい。」
「分かってるなら何で、栞を敵にあげちゃうの?それでも栞が好きなの?」
「これは僕の問題です。いくら会長であっても、あなたに口出しされたくありません。」
天も創もヒートアップして、このままだと収拾がつかなくなりそう。
二人は栞が生徒会に来なくなった理由を……知っていると分かる。
知らなかったらここまで言い合いできないだろうし、そう考えつくのが妥当。
でも今は、そんな呑気に考えてる場合じゃない。
「二人とも、喧嘩は止めて。ここで大乱闘起こされても困るんだけど。」
とりあえず二人の喧嘩を止める為に、立ち上がって声をかける。
今の状態だと、本当に魔術戦闘が起こりそうで怖い。
しかも二人とも魔術の腕はいいから、戦闘の後片付けが面倒。
それに、学校内で問題を起こしてほしくない。大体の尻拭いは俺がしてるんだから。
ため息を吐きながら二人の間に割って入ると、天が俺の腕を掴んだ。
「夕弥はどうして止めるの?創は敵に塩を送る以上の事をしたんだ。なのにここで止めるなんて、それでも夕弥は栞のことを想ってるの?」
静かな口調で告げてくる天。
言葉を言うたびに手に力がこもり、腕に痛みが走りそうになる。
天と同じく天界族だから、大丈夫だけどね。
それにしても……天に俺の気持ちがバレてるなんて、全く思ってなかった。
でもバレたとしても、ライバルの熱が帯びるだけだから良いんだけど。
ま、面倒事にはなりそうかな。
「夕弥さんまで栞さんを好きになったんですか?好きにならないでって言ったはずですよ?どうして皆さん、栞さんに恋心を抱くんですか。」
「……創、痛いんだけど。」
次々と言葉を繋げていく創に、苦笑いをしながら反論する。
今度は創に胸倉を掴まれて、今にも俺をボコしそう。
創、どこにこんな力が……。
見た目ひ弱な創のことだから、力なら勝てると思ったけど……それは無理そうだ。
だけど創に言われる筋合いなんて、これっぽっちもないはず。
「創が言えた事じゃないでしょ?それに栞を好きになろうが創には関係にない。何を焦ってるのか知らないけど、君は少し暴走しすぎ――」
「焦ってなんか、ない……っ。」
創は焦ってるんだ。栞が他の奴に取られる事を。
栞への気持ちを抑えろなんて無理な話だし、創に制限されることじゃない。
こんなに焦るなんて、相当なんだろうな。
でも、事実を勢い任せで述べようと話していた時、創が声を荒げた。
聞いた事もないような大きな声で、一瞬だけ怯んでしまう。
創、どこまで栞のことが好きなんだ……。
創は行動力も低く、今みたいに焦っている事なんて今までは少なかった。
だから……創の気持ちがそれだけ大きいと痛感させられる。
「焦ってはないですよ。だけれど僕以外の輩に栞さんを取られるのは……許せないんですよ。殺したいくらいに。」
「創……っ!」
言葉をひとしきり言った後、創は魔術を発動させようと動いた。
……っ、まずい。これ、本気だ……っ。
創の魔術の腕が良いのは知ってるけど、どこまでなのかは知らない。
理事長の息子だから、禁忌と言われるまでの魔術を持っている恐れがある。
いや、禁忌だから流石の創でも禁止されている魔術を使わないだろうけど……今は分からない。
「創、やめといたほうがいい……。ここら一帯、吹き飛んじゃう……。」
魔術を発動させようとしたと同時に、世妖が創の背後に回った。
あぁ……世妖、あの魔術かけるのかな。
そのままある魔術をかけ、創は一瞬の内に意識を飛ばしてしまった。
気を失った、のほうが正しいと思うけど……まぁどっちでもいいや。
世妖は揉め事が起きた時に役立つ魔術をいくつか保有している。
今の強制的に意識を飛ばさせる魔術もそうだし、記憶を抹消させる事もできる。
敵には絶対に回したくない、ある意味危険な子。
世妖は魔族じゃなくて人外だけど、魔術が専門。
だから敵対しそうな俺たちとも仲が良いし、俺だって世妖を頼りにしている。
「……っと。創はもう連れて帰るから、生徒会のほうよろしく……。また揉め事が起きてもダメだし、今日は帰らせる……。」
「世妖、任せたよ。」
よっこらせと言いながら創を担いだ世妖は、眠たそうにしながらも生徒会室を後にした。
良かった……世妖が立ち回ってくれて。
俺的には創を連れ帰らせたほうが良いと思ってたし、世妖がいないと途方に暮れていた。