最強さんは魔術少女を溺愛したい。⑤ ~最強さんの最大級溺愛は留まらない~

 頭が理解を拒んでいるように、目の前の状況についていってない。

 慌てて先輩のほうを見ると、やっぱり冷たい視線を向けながら、虚ろに遠くを見つめていた。

 でも僕にはその先輩に、どことなく既視感を覚えた。

「なぁ形野、これって……」

「操られてるよ、これ。魔力に、支配されてる。」

 小鳥遊に声をかけられ、答えたくないと思いながらも口にする。

 小鳥遊は鑑定能力を持っているから、きっと分かっているはず。

 それでも僕に聞いてきたって事は、自信を持てなかったのかもしれない。

 それか……信じたくないのかも。

 先輩がこんな状態になってるって、真に受けたくないのかもと悟る。

 だけど僕には、真実を伝える他なかった。

 今先輩は、多すぎる魔力に体を操られている。乗っ取られているって表現しても良い。

 だから先輩の意思とは関係なしに、攻撃してきていると考えられた。

 でも攻撃回数はさっきの一回だけで、今は先輩が頑張って抵抗している。

 頭を抱えて魔力に反抗している先輩を見て、「何とかしないと。」という使命感に駆られる。
 ……だけど正直、僕はまともに動く事ができない。

 体の節々が痛み、気を失いそうになる時もしばしば。

 今の僕じゃ、足を引っ張るだけ。

 先輩を止めないと、正気に戻さないととは分かっているけど……動けない。

 そんな情けない自分が、馬鹿みたいだ。

 もっと魔力の質を上げたり、努力をしておけば良かった。

 ……今更、遅いけど。

 そう考えて悩みに悩んでいる間にも、先輩は苦しみを加速させている。

 どうしたら、いいの……。

 隣で驚いたような顔をしている小鳥遊は、拳に力を込めている。

 爪が食い込んでいるのか、血が若干滲んでいた。

「あいつ、そろそろヤバい……。」

 でも小鳥遊が急に、そんな不吉な事を言い出した。

 先輩をじっと見つめながら、見た事ないくらいの眼光で眉間に皺を寄せている。

「小鳥遊、何言ってるの……?」

 今度は僕がそう尋ね、予想が外れることを祈る。

 ……だけどこういうのはどうして、大抵嫌な予感が当たってしまうんだろう。

 小鳥遊は僕の言葉にぴくっと反応し、ゆっくりと口を動かした。
「このままだとあいつ、死ぬぞ……っ。」

 ふり絞ったような声色で言った小鳥遊に、僕もキッと下唇を噛む。

 小鳥遊お得意の鑑定だから、嘘じゃないはず。

 嘘を吐くとも考えにくいし、何よりこの顔が本当だと物語っている。

 このまま行くと多分先輩は、魔力に体を乗っ取られる可能性が出てくる。

 それか魔力がとめどなく上昇していっているから、先輩の体が耐えられないかもしれない。

 そうなれば先輩は、本当に……。

 嫌な方向ばかりに考えが働き、届きもしない声を心の中で叫んだ。

 どうすれば先輩を、元に戻すことができるの……?
 体、熱い……。

 私の体の中に魔力が溢れ返って、耐えきれなくて周りに溢れ出る魔力。

 そして今……“暴走”をしてしまっている。

 私の体は魔力が必要以上になると、こうやって勝手に魔力が暴れてしまう。

 暴走っていつぶり、だっけ……。

 ぼんやり働かない頭で考え、意識をどこかに沈める。

 否応なしに薄くなっていく意識の中で、私は半ば諦めの気持ちが芽生えていた。

 私、今度こそ死んじゃうかも……。

 そう思いながらも結局最後まで抵抗できず、意識を手放した。



 ……頭、痛い。

 まだ魔力に体を乗っ取られているのか、周りは真っ暗のまま。

 当たり前だけど、止めてくれる人なんかいない。

 ……っ、痛っ。

 その中で私の頭の中に流れてきた映像に、思わず目を背けたくなった。

「嫌っ……思い出したくないっ……!」

 昔の記憶が流れてきて、一生懸命拒否をする。

 もうあの時の事は正直、思い出したくない。

 そう思っていても勝手に流れてきて、理解させようとしてくる。

 やめて、もう思い出したくない。

 私はもう、辛い思いをしたくないのに……っ。
 嫌だと心の中で反芻し、記憶に抗おうとする。

 それでも結局魔力に呑まれてしまって、反抗する気力さえも奪われてしまった。



『魔力を持った純血の人間です。』

 幼い頃、かかりつけのお医者さんに言われた言葉。

 その日はあんまり体調が優れなくて、両親に病院に連れて行ってもらった。

 お父さんたちは私が魔力を持っていたのは分かっていたから驚かなかったらしいけど、私は開いた口が塞がらなかった。

 まさか自分が魔力を持っているなんて、思っていなかったから。

 その時は五歳で理解をする事はできたけど、信じる事ができなかった。

 魔力の事は知っていた。それがどんなものかも、何となく分かっていた。

 テレビで魔術師の事や魔族の事を見る度、自分には関係ないと思っていた……のに。

『私、魔力持ってるの……?』

 理解したのか理解していないのか分からない声色で呟き、これからの事に備えていた。

 魔力を持っている人間は希少すぎて、その大体は魔術師になるらしい。

 だけど私は、魔術師になるなんて全く考えてなかった。
 そして魔力があると発覚した数日後に、私は魔力を使ってしまった。

 確か……親戚同士が集まる会合の日だった。

 お父さんたちは兄妹が多いから、その分親戚も多い。

 子供同士で遊んでいた時、玩具の取り合いで喧嘩になった子たちがいた。

 最初はいつもの事だから……と思って無視していたけど、喧嘩が激化してきた。

 私より数個年上の子もいたけど、完全無視。

 両親たちは親戚たちと何やら話しているようで、時折大きな声が聞こえてくる。

 何、話してるんだろう……?

 そう思いながらも、流石に喧嘩を止めないといけないと感じて声を上げた。

『喧嘩はダメだよっ!』

 子供の時は怖いものなしだから、何事でもする発言する事ができた。

 でもその子たちは聞いてくれなくて、じわっと涙が滲んでくる。

 聞こえているはずなのに、喧嘩をやめてくれない子たちに悲しさがこみ上げてくる。

 だから私は思わず、喧嘩している子たちの間に割って入った。
『喧嘩しないでっ!』

 その時、周りにふわっと勢いのある風が巻き起こった。

 そのおかげと言っていいのか分からないけど、喧嘩はやめてくれた。

 ふぅ……喧嘩はやめてくれた……。

 ほっと息を吐いて安心をして、私はようやく気付いた。

 ……みんなの目が、冷たいものに変わっている事に。

 子供だから泣いている子もいたし、どうすればいいのか分からないって子もいた。

『神菜っ……!』

 誰かが呼びに行ったのか、お父さんたちが奥の部屋から勢いよく姿を見せる。

 正直私自身、何が起こっているのか分からなかった。

 さっきの風も魔力のものだと分からずに、慌ててお父さんたちのほうに駆け寄る。

 でも他の親戚は、相変わらず私に厳しい視線を向けてきていた。

 私“だけ”に。

 その日は何も言われず、私たちは急いで帰る事にした。

 ……その日以降、私の悪夢の日々が始まった。



 幼稚園には通っていたけど、その幼稚園でいじめられるようになった。

 あの場に居合わせた親戚の子が言いふらしたらしく、みんな私を見る目が冷たい。
 「元宮神菜は魔力を持っている。」って。

 男の子たちからは時々殴られるようになって、女の子たちからは陰口を言われるようになった。

 暴力は軽いものだったからまだ大丈夫だったし、陰口は気にしないほうが良いって分かっていた。

 それでも毎日やられると、精神的に泣きたくなる。

 人間は自分と違うと極端に嫌う性質を持っているから、仕方ないって言えば仕方ないのかもしれない。

 私は何回もやめてと言ったり、抵抗したりした。

 だけど結局、何の成果も得られなかった。

 先生や両親に言おうとしても、その後の事を考えると言えなくなる。

 親戚の中には結構な権力を持っている人もいて、もし告発されたら……。

 そう思うと、私は何もできなくなっていた。



 でも幼稚園のいじめなんて、まだまだ可愛かった。

 きついと思ったのは……親戚からの暴力。

 親戚は何故か、両親がいない日を狙って私に暴力を奮うようになった。

 もう私は小学校に上がっていて、お留守番も一人でできる年だったからって言うのもあるかもしれない。
 鍵はちゃんと閉めていて警戒もしていたのに、親戚たちは暴力を奮ってくる為に家に来た。

 それは、私が親戚の元に行った時だって同じ。

 毎回殴られたり蹴られたり、痛い事をされる。

 ストレス発散なのか、私が気に食わないのかは今でも分からない。

『魔力を持ってる子なんて気持ち悪い。どうして生まれてきたのかしら。』

『本当におかしい~。あたしたちみたいな普通の人間じゃないから、こうなってるんだよ。』

 親戚の同じくらいの子にも毒を吐かれ、きゅっと心臓が締め付けられる。

 私だって、持ちたくて持ったわけじゃない。

 私だって、普通の女の子として生きたい。

 何で違うだけで、酷い事するの……。

 つけられた傷は見えないくらいのもので、結局両親に言う事はできなかった。

 親戚は私の大事な存在が両親だと知っていたから、天秤にかけられる事もあった。

『もしあの子たちにチクったら、あの子たちにあんたより酷い事するからね。』

『やめて、ください……っ!』

 何度そう泣いて叫んで縋ったか、覚えていない。