「ごちそうさまでした!」
私が手を合わせると、
赤い瞳の男の子も真似した。
「あ、私
ティアナ=クロウド」
スイーツをたいらげたところで
まだ名乗っていなかったことを思い出した。
「シリル」
赤い瞳の男の子も名乗ってくれた。
私が思っていた通り彼は、
シリル=クライン 現7歳
クライン公爵令息
人を惑わす程の絶世の美貌を持つ
ゲームの攻略対象者だ。
…ん?
そこで私はあることに気付いた。
「さっき・・その・・
並んでなかったよね?」
パーティ参加者で公爵家の者は
私とレオンとシリルしかいない。
王子への挨拶の時、
レオンが一番で私が二番に挨拶したから
シリルは三番目に挨拶するはずだ。
・・でも、あの場にシリルはいなかった。
「さぼった」
シリルはあっけらかんと言い放った。
(えええええっ!ふ、不敬罪・・・・・!)
私があわあわ取り乱していると
シリルがふっと一瞬笑った
(えっ!か、可愛すぎるんですけど!)
・・私のHPが①上がった!
心の中でご尊顔に手を合わせていると
するっ
私の瞳を見つめながら
横髪に手を滑らせてくる。
さっきはスイーツで頭がいっぱいだったけど
シリルは見れば見るほど
フランス人形のように美しかった。
(・・なんか、急に緊張してきた!)
「そろそろ戻らないと・・!」
私が勢いよく
ベンチから立ちあがろうとすると
「とっ!?」
横髪に滑らせていた右手で毛先を掴まれた。
勢いよく立ち上がろうとする力と
髪をひっぱられた反動で
私は前のめりにシリルへ倒れこんだ。
シリルは左手で私の腕を支え
「ちゅっ」
ほっぺにキスを落とし
「またね、ティアナ」
手を放して立ち上がった。
「―――っ!」
私は真っ赤に顔を染めて
去っていくシリルを目で追いかけた。
出口で振り返ったシリルの笑顔は
薔薇の蕾が花開く様だった。
ティアナがパーティー会場に戻ると
王子への挨拶の行列は落ちついていた。
余韻に浸るティアナの顔はまだ赤い。
トレーを片手に乗せた給仕の側に行くと
ジュースが取りやすいように屈んでくれた。
トレーにはカラフルなシャンパングラスが並ぶ。
オレンジジュースを手に取った瞬間・・
ドンッ!!
ふわふわの茶色の髪をした女の子が
後ろからぶつかってきた。
「きゃっ」
手から離れたオレンジジュースが宙を舞い
パシャッ
オレンジジュースは私のスカートに広がった。
「あ、あ・・・」
じわじわと女の子の瞳に涙が溜まっていく。
「だ、大丈夫!」
私は女の子の腕をそっと掴み
「洗えばすぐ落ちるわ。
よしよし、驚いたね。」
なだめる様に頭を撫でた。
・・中身大人だからね。
女の子が落ちついた所で
側に来てくれていた執事に女の子をお願いすると
「申し訳御座いません」
ジュースを持っていた
まだ若い給仕に頭をさげられた。
「気にしないで。
私がぶつかってしまったんだもの。
それに、洗えばすぐ落ちるわ。」
安心するようにと給仕に微笑んだ。
「失礼致します」
金髪につり目がちなパープルアイの男の子に
声を掛けられた。
後ろには若い護衛騎士が控えている。
「レオン=グランデです。」
左手を胸にあてパープルアイの
紳士な男の子が挨拶してくれた。
「ティアナ=クロウドです。」
私もスカートを両手で広げ頭を下げる。
クロウド家の後継者候補はギルベルトだが
まだ表向きに公表はしていない。
現状はレオンがグランデ家、私がクロウド家
時期公爵家後継者候補の第一継承権を持つ者となり
私達の立場は平等だ。
レオンが後ろに控える騎士に目配せした。
「アレン=サラマンと申します。
ライトロード魔法学院から応援生として
本日は護衛にあたらせて頂いております。」
ライトロード魔法学院では
早ければ14歳から任務に就くことができる。
次期後継者や騎士派閥の生徒は
長期休暇の合間に様々な任務に就き人脈を広げる。
高位貴族の次期後継者達も通う学院で
どれだけ高位派閥に懇意にしてもらえるかで
将来が決まるのだ。(THE コネ社会!)
授業を満了し資格を取得すれば
魔法も扱う許可が出る。
今日のガーデンパーティーは
姉妹学園の催しとあって積極的に
魔法学院の生徒を応援生として参加させている。
王国騎士団の配置を変え、王族以外の貴族は
懇意にしている派閥の生徒を護衛に就かせている。
学園生が"お茶会デビュー"するのと同じで
学院生にとっては"社会人デビュー"の場となるのだ。
ちなみに社交界デビューは16〜20歳が一般的。
社交界の任務に就くためには
自身の"社交会デビュー”を果たしてからとなるため
学院生のうちは任務に就ける機会は少ない。
そのため、このパーティーは
練習の場として重宝されている。
赤い髪を後ろに束ねた少年が
赤みがかった茶色の瞳でこちらを見た。
「グランデ様の命により
クリーニング魔法を施しに
参らせて頂きました。」
「!」
"魔法"という言葉に胸が高鳴る。
アレンに誘導されその場を後にした。
王城内に入り通路に並ぶドアの一室に案内された。
案内された室内には全身を映す鏡台が置かれ
サイドのテーブルに高そうな化粧品が多数並ぶ。
鏡台の前に置かれたソファに腰かける。
私は期待を込めてアレンを見た。
アレンは緊張した趣で
「よろしければ目を閉じて下さい。」と告げた。
「え!見てちゃだめ?」
予想外の言葉から、つい本音が溢れた。
アレンは困ったように笑う。
「期待していただく様な魔法ではありません。」
アレンにとってクロウド家の人間は雲の上の存在だ。
クロウド家に務めることは魔法使いの誉として
毎年、世界中から高レベルの魔法使いが集まる。
クロウド家の執事や侍女でさえ上級魔導士であったりする。
そんなクロウド家の一人娘である私は
たしかに魔法が溢れる環境で育った。
それでも…
前世日本人の私にとっての魔法は魅力的で
いろんな魔法を見るたびわくわくドキドキして
目を輝かせてしまう。この気持ちは抑えられない。
それに、
産まれた時から身体の中に魔力は存在するが
魔法が使用できない様に10歳までは封印される。
(使い方次第で死を招く危険なものだからだ。)
家庭教師や学園でしっかり基礎を学び、
感情のコントロールができる様になるまで
おあずけ状態なのだ!
6歳のティアナが魔法が使えるまで後4年!
それまで我慢するなんてできない!
自分が使えないなら他人の魔法を見るしかない!
「…私、魔法が好きなの!」
私はアレンの瞳を真剣に見つめる。
「だから
いろんな魔法をたくさん見たいし
たくさん知りたい!」
素直な気持ちをぶつけた。
アレンはもう何も言わなかった。
アレンが呪文のようなものを唱え
スカートにあるシミに手を添えると
添えた右手からパァッとが光が広がった。
眩しくて思わず瞬きをしている間に
右手から放たれる光は、
雲の間から差し込む太陽のように
スカートを優しく照らし始めた。
光の中を飛び交う白いきらめきが
オレンジのシミに降り注ぐ。
光に触れたオレンジの液体は
手に吸い込まれていくように宙に舞い
やがて大きな一塊になった。
いつのまにか左手に持っていたグラスを
浮かんだ液体の下に添えると
液体はコップの中に落ちていく。
液体を落とし終えると光はふっと消えた。
魔法を見てすごいなと思ったことは多々あるが
綺麗だと思ったのは初めてだった。
「わぁ~!」
私は目を輝かせて
興奮気味にアレンが持つコップに手を伸ばした。
「見せて!」
半ば奪い取る勢いでコップを受け取り
中に入った液体を揺らし匂いを嗅いでみた。
・・柑橘系の匂いがする。
こくっ
気になる衝動を抑えきれず思わず飲んでしまった。
・・思った通り、オレンジジュースの味がした。
「ク、クロウド公爵令嬢っ!!」
目を見開き驚いたようにアレンが
両手で持っていたコップを奪った。
少し恥ずかしくなって
ごまかすようにアレンに笑いかけた。
「綺麗だったからつい・・」
驚きに少し固まった後、
おそるおそるといった感じでアレンに尋ねられた。
「クロウド様は
笑わないのですか?」
「?」
言葉の意味が分からず首を傾げる。
「私は、あまり魔法が得意ではありません」
アレンが目を塞ぎがちに話す。
「今の魔法は下級魔法の一種です。
一般的にクリーニング魔法は
スカートに手を添えると
シミは光り空気に蒸発して消えます。」
サラマン家は代々騎士を輩出する侯爵位の貴族だ。
騎士家系では物心つくころから剣の練習に明け暮れ、
強さこそ正義だと毎日毎日鍛えられる。
剣術を鍛えて鍛えて鍛えて、
10歳になると更なる強さを求めて魔法を学ぶ。
火が使えれば炎を纏う剣になるし
風が扱えれば素早さを上げられるのだ。
私のお父様は実力主義者で
魔法が使えるかどうかなんて気にしない。
それでも、魔法が使えるかどうかは勝敗に大きな差をつける。
どれだけ剣術が優れていても純粋な剣術だけでは
魔法剣術には勝てないのだ。
現に、「上級騎士」以上の序列が存在しないことが
それを物語っている。
「サラマン侯爵も
水の使い手だったよね?」
サラマン侯爵も王国騎士団の一員だ。
「はい。父は上級魔法であり
氷を扱うのに長けています。
しかし・・
私には魔法の才能がありませんでした。」
肩をすくめ悲しそうに笑った。
魔力の強さや魔法のセンスは
王国騎士団にとって大変重宝される。
その反面、
魔力が低かったり使えなかったりする人は
見下され憐みの対象となるのだ。
「綺麗だった。」
私は素直な感想を告げた
「綺麗で・・優しかった。」
アレンはキョトンとした顔をしている
「魔力が高い人はたしかに強い。
でもそれは、"闘う上で"の話。
お父様が言ってたの。
魔法を見れば
その人の"本質"が見える。」
アレンの瞳をまっすぐ見上げた
「あなたの魔法は綺麗で優しい。
きっと、
"守るため"に正しい力を使える人。」
・・私は確信している。
「あなたは強くなる。」
あなたの未来を知っているから。
アレン=サラマン 現15歳
サラマン侯爵家嫡男
赤みがかった茶色の瞳
後ろにひとつにまとめた艶のある赤い髪
180cmの長身で筋肉質な焼けた肌
私は未来の彼を知っている。
ゲームの断罪シーン。
王子の後ろに控えていたのは
第一王子の護衛騎士を務める未来のアレンだ。
ティアナに虐められたヒロインを助ける第一王子。
その傍らに彼はいて、
"自分を守れるだけの強さ"を持つんだって
ダンスだったりマナーだったり
この世界で生きて行くための知識をくれる。
アレンがヒロインに知識を授けた後は、
決まってミニゲームが発生して
クリアすると魅力や知力が上がっていくのだ。
優しくて頼りになるお助けキャラで、
ヒロインにとってはお兄ちゃんみたいな存在。
誰もがティアナを批判し敬遠する中で、
アレンだけはティアナと向き合い優しく諭し続けた。
(ティアナは邪険にするのだが・・・)
傲慢な態度しかとらなかったティアナを
最後までかばってくれた
心配になるくらいに人が善すぎて優しい人。
…隠しキャラかなって思ってたけど真相は分からないまま。
「そろそろ行こうか。」
意識をとばしていると、
無表情のレオンが口を開いた。
ゲームの世界で
レオンは美しい美貌と冷たい瞳から
"氷の貴公子"と呼ばれる。
レオンは、
攻略していない私でも結末を知っているくらい
クチコミサイトで酷評の常連だった。
レオンは厳しく厳格な環境で育ち
人前で楽しんだり笑ったりすることはなく
いくらプレイしても表情が変わらないため
最後までうまくいっているのかどうかが分からず
途中で諦めて他の攻略に方向転換する人が多かった。
(しかも、攻略しても態度はあまり変わらないらしい)
課金制の溺愛ルートでも言葉が少し優しくなるくらいで
金を返せと批判が殺到した。
そこで制作者側は、新たな特典映像として
追加課金制の結婚式のスチール映像を用意した。
ヒロインの花嫁衣裳を見て
やーーーーーっと、レオンは笑顔を見せるらしい。
部屋を出てガーデン会場への通路を進み
ガーデンに繋がる扉の前に着いた。
アレンが扉の前にいる
二人の護衛騎士に声をかけると
両サイドに別れ扉を開く。
「グランデ様、サラマン様
ありがとうございました。」
カーテシーでお礼を伝えると
「・・・」
レオンにじっと瞳を見つめられた。
無表情でこちらを見るレオンの眼差は
氷のように冷たく感じる。
(こ、これが氷の貴公子・・・!)
ティアナは少したじろいだ。
レオンが口を開かないことには
従者であるアレンも口を開くことができない。
「・・・」
レオンと瞳が重なったまま
そらしたくてもそらせない。
「あの・・」
見かねたアレンが
レオンに声を掛けようとすると・・
「君のセリフには根拠がない」
ふいにレオンが口を開いた。
「え・・?」
氷のように冷たいレオンの瞳からは
何の感情も読み取れない。
はっと
私がアレンに伝えた言葉を思い出した。
重なったレオンの瞳が
私を指摘している様に思えてきた。
「あっ・・えっと・・・・」
ゲームで知っているからです!なんて言えるわけがない。
返答に困り私はあたふたと手を動かしていると
「でも、信じてみたくなる」
「!」
思いもよらない言葉に
ティアナは目を見開き固まった。
「ふっ」
レオンの瞳が優しくゆがみ
瞬きのする間に無表情に戻っていた。
え!
いま笑った!?
混乱する横目でアレンを見ると
アレンはあんぐりと口を開けていた・・
「レオン!」
アレンと私が固まったように
レオンを見ていると
第一王子シリウスが足速に近寄ってきた。
シリウスの後ろには
服の裾を掴みながら兄を追いかける
第二王子キースもいる。
クリーニング魔法の件は
王子の耳にも届いていて
心配してくれていたみたいだった。
私は頭を下げてシリウス王子にもお礼を告げた。
「私は報告を受けただけなんだ。
着替室もレオンの提案で、
もしものためにと
用意しておいて良かったよ。」
(え、さすが秀才!6歳でそんな気遣いができるの?)
素直に驚いた顔をレオンに向けると
レオンは優しく瞳をゆがめ
またすぐに無表情に戻る。
(また笑った!)
瞬きをする間ぐらい一瞬の出来事だったけど
シリウスも驚いた顔をしていた。
シリウスに顔を向けていると
第二王子キースがシリウスの袖をひいた。
背が低くほっぺたが赤いからか
キースはギルよりも幼く感じる。
上目遣いでこちらを向いたキースと瞳があい
私はにっこりと微笑んだ。
元々赤い顔が益々赤く染まり
袖を握る力を強め
シリウスの背中に顔を隠した。
(可愛いなぁ・・)
にこにこしながらキースを見つめていると視線を感じ
視線の感じる方へ顔を向けるとシリウスと目があった。
心なしかシリウスのほっぺたも赤い。
シリウスは目が合うとすっと視線を外された。
「あ、あの・・・・」
話の区切りがついたのを見計らって
女の子の一人がシリウスに声をかけてきた。
後ろには同じ年くらいの女の子を数人引き連れている。
本来は王子と公爵令嬢の間をわって
話かけることはマナー違反とされているが、
相手はまだ10歳未満の女の子。
お話したくて、いてもたってもいられなかったのだろう。
私はお辞儀をしてその場を離れた。
「!」
途中、シリウスが手をのばそうとし
何か言いたげな顔をしていたことが気になったが
少しこちらを見ていた後、
話かける女の子の方へ顔を向けたので
私はその場を後にした。
ライトロード学園入学式の当日
マリアに着替えさせてもらいながら
私はシルク素材の制服に袖を通した。
紺色で白色のラインが入った襟に
白色のワンピース。
腰に白色の紐ベルトを巻き後ろでリボンを結ぶ。
スカートはプリーツの様になっていて
スカートの襟と折り返された袖の裾に
紺色と白色のラインが入っている。
襟の間にある胸当て布には校章が入っていて
盾と不死鳥と交差する剣が描かれている。
日本のセーラー服のような見た目で
スカーフの色は学年ごとに変わっていく。
7色の虹を基準にしていて1学年は赤色だ。
ちなみに男性は裾が長めの白色の学ランで
真ん中にボタンはなく紺色のラインが入っている。
胸ポケットには学年ごとに色が変わるラインが入り
その下に学園の校章がある。
ライトロード学園は制服で通う。
制服は、学園から支給されるが
ポリエステルを使ったものからシルクを使ったものまで
デザインは同じでも素材の違うものが数種類あり
学園への寄付金の金額で渡されるものが異なる。
その他の備品類に関しても素材や品質の違いは明らかで
差別はしないが区別はするという学園の意思表示だ。
もちろん、公爵令嬢である私は全て最高級品質。
お父様には感謝してもしきれない。
制服に着替えた後、
昨日ギルとオッドから誕生日プレゼントでもらった
お花のネックレスもつけてもらった。
昨日はティアナの誕生日で
プレゼントにケーキに料理にと盛大にお祝いしてくれた。
入学を済ませた7歳の貴族令息令嬢は
他家を呼び盛大にパーティーを開催する事も多いが
私は入学式の前日が誕生日だったため
家族や侍女や執事達と家の中だけでお祝いをした。
ドレスに靴に帽子にリボン・・
リビングにはたくさんのプレゼントが並び
みんなで祝福してくれる気持ちが
すごくすごく嬉しくて楽しかった。
マリアからは癒しの魔法が付加されたポプリを貰い、
ギルとオッドからは(父のお金だけど二人で選んだらしい)
お花をモチーフにしたネックレスをもらった。
大きさの違う二つのお花が並んでいて
大きい方のお花の5枚の花びらはダイヤモンド
小さい方のお花の4枚の花びらは
私の瞳と同じ色をしたブルーサファイヤ
ダイヤモンドの中心にはトパーズがはめこまれている。
さすがに今まで宝石はもらった事なかったし
(てか、前のティアナは興味がなかった)
前世日本人で未婚だった私には
本物の宝石に触れる機会なんてなくて
ネックレスが入った箱を開けた瞬間
その輝きに目を奪われた。
(人並にダイヤモンドの指輪とか憧れてたのよ…)
準備を終えダイニングに移動すると
父とギルはすでにテーブルに着いていた。
「おはようございます。お父様、ギル」
「おはよう、ティア。
制服似合っているね。」
学園の準備はマリアがしてくれたから
制服姿は今日初めて見せた。
「おはよう。」
ギルも挨拶を返してくれ、
私が微笑むとギルも笑顔をむけてくれた。
父を挟みギルの前へ座ると
「お~、お姉さんになったじゃ~ん」
オッドがおどけた様に茶化す
「もぅ、やめて」
頬をふくらめて講義した
父は、誕生日の日は必ずお休みを取ってくれる。
次の日は溜まった業務を終わらすために
いつもティアナの起きる前に家を出ていたのだが・・
今日は入学式の日だからと、
一緒に朝食を食べるための時間をつくってくれて
食事を終えるとすぐに城に出発した。
その気持ちがすごく暖かかった。
「行ってくるね。」
ギルが家に来てからずっと一緒にいたため
長時間、離れ離れになるのは今日が初めてとなる。
私が馬車に乗ろうとすると
ギルは今にも泣き出しそうだ。
私もギルをおいて家を離れるのは胸が痛い。
(お父様も、いつもこんな気持ちだったのかな・・)
私が動けずにいると、
ギルの横にいたオッドにしっしっと手をはらわれ
オッドをみつめると
真面目な顔でこくりと頷いてくれた。
(頼もしい顔もできるんじゃん)
私はギルをギュッと抱きしめて
オッドにあずけた後、馬車を出発させた。
馬車を降り同乗してくれていたマリアに別れを告げると
「Aクラス」と書かれた地図を広げた。
入学の1ヶ月に基礎力診断テストがあり
内容は算数や知育に関する問題でもちろん私は全問正解した。
・・中身大人だからね。
その後届いた結果発表と一緒にこの地図が入っていた。
ライトロード学園の敷地内には5つの建物が並び
A棟・B棟・C棟・D棟・E棟と呼ばれる。
このAからEは成績によってランク付けされ
Aクラスが最も優秀とされている。
個々人の成績の評価によって分けられるため
人数に統一性はなくCクラスが最も多くAクラスが最も少ない。
クラスは学年ごとにも分かれるので
1つの建物内に7クラスが存在する。
学園内や魔法学院内は王国直轄の騎士が配置され
部外者の立ち入りを厳重に禁止しているため
執事や護衛騎士であっても一緒に連れては行けない。
(王族の護衛騎士だけは例外だけど)
そのため、王族の入学時には高位の令息が
側につき従者の役割を担う。
今代の従者はレオンであり
レオンは産まれた時からシリウスの
従者となるための教育を受けている。
周りより大人びて見えるのはそのためだろう。
Aクラスは広い噴水の先にお城のように聳え立っていた。
指定された場所に向かうと
宮殿のようなホールにたどりついた。
中に入ると学年ごとに椅子が並べられ
案内に記載された自分の席に着く。
席は高位順に並んでおり
一列目に向かうと二人の男の子がいた。
予想していた通り、
シリウスとレオンもAクラスだった。
「お久しぶりでございます。殿下、グランデ様」
カーテシーで挨拶をかわす。
「久しぶりだね。クラウド嬢。」
シリウスが笑顔で返してくれた。
「お久しぶりです」
レオンも笑顔はないが優しく返してくれた。
「!」
シリウスがレオンを見て目を見開いた。
「二人はいつの間に仲良くなったんだい?」
「え?」
「いや、レオ・・」
シリウスが何かを言いかけた所でレオンが言葉を遮る
「ガーデンパーティー以来だ」
「・・・」
しばらく
シリウスとレオンは視線をぶつけていた。
ふいに、
ざわざわとしていた周りの声が
後方でより一層大きくなった。
振り返り、
声のする方へ顔を向けると
白銀をキラキラ揺らし、
この世のものとは思えない
美貌の男の子が
微笑みながら近づいてきた。
胸のラインは橙。一学年上のAクラスだ。
「ティアナ」
妖艶な声に
一斉に周りが振り返る。
「久しぶりだね。」
シリルの言葉に、
シリウスは目を見開き
レオンも無表情だが瞳は大きくなっている。
「クライン様、
お久しぶりです。」
私の言葉にシリルは微笑む。
クロウド家はギルを跡継ぎにと考えているが
まだ公表していないため現在は私が第一跡継ぎ候補となる。
シリルは公爵家の令息だが
歳の離れた兄がいて跡継ぎは長男だと公表されいる。
そのため、シリルの方が一年先輩だが
今は私やレオンの方が立場が上となる。
「あ、えっと・・
久しぶりだね。シリル殿」
シリウスが喋りかけたが
チラッと目線を移しただけで返事はない。
(え!無視!?王子に挨拶させといて無視!?)
チラッとシリウスの後方に控える護衛騎士を見る。
剣に手をかけこちらの様子を伺っている。
(嫌な汗がでてきた・・)
「クライン。
殿下とクロウド様に対し
失礼ではないか?」
レオンがシリルに凍るような鋭い目を向ける。
たぶん、クラインと"呼び捨て"にしたのは
次期公爵候補から外れているシリルへの嫌味と
"立場をわきまえろ"の比喩表現だ。
シリルもレオンに目を向けるが口は開かない。
(この二人って仲悪いんだっけ!?)
心配になっておろおろと
シリル、レオン、シリウス、護衛騎士と
騒がしく目を動かしていると
ちらっとこっちを見たシリルが
「ふっ。可愛いね。」と、また微笑んだ。
「!」
ストレートな言葉に顔が赤くなる
レオンが苦虫を噛み潰したような
表情になったのを見届けて、
シリルはその場を離れ席についた。
「クロウド嬢は
シリルとも仲が良いのかい?」
新入生代表の挨拶はシリウスがつとめた。
女生徒は皆、
うっとりした様にシリウスを見つめていた。
入学式を終えると教室に案内された。
Aクラスは10人にも満たなかった。
クラスの席は高位貴族順に並び
2学年までは全員同じ授業を受ける。
3学年から選択式となり
自分で学びたい授業を選び単位を取得する
大学に近い仕組みだ。
ただし、4学年までは選択科目より必須科目が多い。
最上位貴族に位置し席が近い私達は
グループを組むことも多くなり
仲良くなるのに時間はかからなかった。
シリウスとレオンは
早くから大人の世界で育ち
城の会議に参加したり
政治にも関わったりしていて
前世大人の私とよく話が合った。
シリルは十数人ほどの人数のクラスだが
必要最低限の会話しかしていないみたいで
時間ができるたびに私達のクラスに居すわった。
最初は無視していたシリウスやレオンにも
あまり喋らないが言葉使いは軽くなり
返事は返すようになった。
学院が休みの日は
お互いの家に行き来する事も増え、
最初にクロウド家に呼んだ時は
ギルの見た目に驚いてはいたが
すぐに分け隔てなく接してくれ、
キースやギルを含めた
六人で過ごすことが多くなった。
皆と遊ぶようになったことで
ギルはパーティーにも参加するようになった。
軽蔑の目を向けられる事はあるが、
王子や公爵に表立って喧嘩を売れる人はおらず
差別したり手を出してくる人はいなかった。
勉強をしたりお茶をしたり草原に転がったり
時間があれば皆で一緒に過ごした。
(これが幼なじみって言うのかな。)
・・・ただ、ここは日本ではなくゲームの世界。
ある日、
私はシリウスの婚約者に選ばれた。
ティアナは9歳になっていた。
ギルとキースは7歳になり
2ヶ月前にライトロード学院に入学した。
シリウスとの婚約が決まり
王妃教育を初めて1年以上が過ぎた。
王妃教育は、
その道のプロというプロの方が
講師に来てくれたり
王妃様自身が教えてくれたりと
淑女教育とは比べものにならないくらい
厳しくて厳しくて厳しくて
その分、すごくためになる内容だった。
前世大人の私でも涙が出るくらい。
その甲斐あってか
身についたことはすごく多い。
教育の一環として
美容を極める時間もあったりする。
自分で言うのもなんだけど
絶賛、"良い女"に成長中!
このまま成長すれば、
"可愛さ"ではヒロインに劣るけど
"美人さ"は誰にも負けないと思う。
それに、確定している未来がある。
私はなんと巨乳になる!
(前世寄せ上げBの私にには一番嬉しい事実)
今日も王妃教育の日。
馬車を降りると正装したシリウスが待っていた。
白のスーツに青のカフス、チーフ。
私は薄い黄色のドレスに白色のレース、
胸に飾るのは琥珀色の宝石。
なんかお互いの瞳の色に寄せたみたいで恥ずかしい。
・・いや、たぶん仕組まれてる。恥!
私はカーテシーをして挨拶する。
「ティア、今日も綺麗だ。」
最近、シリウスはティアナを愛称で呼ぶようになり
平気で歯がゆいセリフをはくようになった。
(考えない、何も聞こえない・・)
私は平静を保って挨拶を交わし
シリウスの手を取るとガーデンへと案内された。
ガーデンパーティーが開かれた庭に
テーブルとベンチが用意され
そこにシリウスと腰をかけた。
王妃教育の日は、
お城に到着するとまずシリウスとお茶をする。
小一時間くらい話したところで
王妃様が現れて授業が始まる。
シリウスとのお茶も王妃教育の一環で
毎回同じパターンを辿っている。
・・ただ、
何回お茶してもこのあまーい雰囲気には慣れない。
普段は幼なじみとしてキャッキャ遊んでるのに
この時ばかりはお互いによそ行き顔で
歯がゆいセリフをはいて恋人の様に振る舞う。
お互いに上司を連れた取引先で
友達とお茶するような
なんかものすごーく恥ずかしい感覚。
膝に手を置いて俯いていると、
シリウスが右手で私の左手を握り指を絡めてきた。
そのまま恋人繋ぎをされ、
私は固まった。
シリウスとは
手を繋いで草原をかけたことがある。
子供だし意識なんてしたことなかったけど・・
甘い雰囲気で恋人繋ぎされると
歳相応の少女になったみたいで顔が熱くなる。
真っ赤な顔をして固まる私を見つめて
シリウスがふっと笑った。
「意識してくれているの?」
恥ずかしくて
どうにかごまかせないかと
シリウスをじろっと睨んだ。
「ふっ」と笑って
シリウスは手を離してくれた。
いつものように会話が始まる。
会話は尽きることがない。
シリウスとレオンはすごい。
子供らしく草原をかけまわったりするのに
会話の根本にあるのはこの国の事で。
こんな子供のうちから常に未来を見据え
自分の立場を理解し役割を果たそうとする。
そんな二人と話すうちに私も考えるようになった。
公爵令嬢として産まれたからには
安定した不自由のない生活のお返しに
この国の人達に貢献する義務がある。
この気持ちはクロウド家の人間や
お父様と過ごすうちに芽生えた
ティアナでも前世の私でもない今の"私の気持ち"だ。
魔法が使えなくても、
この国よりはるかに発展していた前世の世界。
私には前世の記憶しかないが
きっと何かの役に立つ事があるんじゃないかと模索する。
「そろそろだね。」
シリウスが席を立ちながら
時間の終わりを告げてくれた。
席を立ちお見送りしようとすると
ふいにシリウスが左手をとった
「・・・?」
いつもなら挨拶を交わして別れるんだけど・・
そんな困惑した私を他所に
シリウスは左手を顔に近づけ
「ちゅっ」
手の甲にキスをおとした
(あ、新しいやつキターー!)
真っ赤になる私に
ふっと微笑み
「またね。」
シリウスはその場を後にした