艶やかで健康的な金色の髪
深い海色の大きな瞳
腰はキュッと引き締まり細く
ふわふわですべすべな胸は大きく膨らみ
肌は雪の様に白い陶器肌

鏡に映ったその姿は、

前世でプレイした『アリスと光の魔法学園』に出てくる
悪役令嬢 ティアナ=クロウド の姿そのまま。



今から9年前、
ティアナの頭に前世の記憶がよみがえった。

前世日本人だった前世の自分がしていた乙女ゲーム
『アリスと光の魔法学園』。
その舞台がティアナの住む世界、"ライトロード国"。

第一王子の婚約者だったティアナは
ヒロインを虐め、さらには殺害の計画まで企て、
それを阻止した王子から婚約破棄を告げられるのだ。
婚約破棄を告げられたティアナは
爵位返上の上、辺境の地へ送られる。

今のところ、
ティアナは前世みたいな傲慢な態度をとっていないし
幼い頃に婚約した王子とも関係は良好だ。
ゲームに登場した他の攻略対象者とも、
今は幼馴染として仲良くしている。

でも、ゲームの"強制力"か何かが働いて
いつ何があるかは分からない。






少女は、鏡に手をつき
この世界に転生した9年前へと思考を巡らせた・・
スカートが濡れた足に張り付く不快感。
額から髪をつたって流れる水滴の不快感。
じりじりと容赦なく照らす太陽の下で、
帰りたくて仕方なかったティアナの足を
思いとどまらせていたのは
待ちに待った弟との初対面。

「ティア、紹介するよ。
 今日から君の弟になるギルベルトだ。」

金色の髪に青い瞳
優しく父が私に微笑みかける。

待ちに待っていた父からの言葉に
歓喜の顔をむけると
震えながら父の足にすがりつき
俯く帽子をかぶった幼い子供がいた。

「はじめまして、ギルベルト
 私はティアナよ。」

反応を待ったが
俯いたまま動かない。

「?」

「ギルベルト、
 君と2歳違いのお姉さんだよ。」
父は足にしがみつく子供の頭に
優しく手をおいた。

父の手にびくっと肩を揺らした瞬間、
揺れた拍子でずれた帽子の間から
黒い髪の束が流れ
恐る恐る見上げた黒の瞳と目があった。

ティアナは目を見開き・・





その場に倒れ込んだ。
1週間ほど前
遠い親族の家から一人息子を預かると聞いた時、
初めてできる弟の存在にティアナは浮き足立った。
弟ができると知り興奮するティアナの頭に
「変わった色を持つ子なんだ」
続けて伝えられた父の言葉は届いていなかった。

母は一人目の子供である
ティアナを産んですぐに亡くなった。
公爵位である父には跡取りが必要となる。
年々、再婚の話はどんどん強くなるが
母を愛する父に再婚の意思はなかった。
そこで浮かび上がったのが養子縁組。

この国、ライトロード王国は
最高位貴族に王族を支える三大公爵が君臨する。
知に富み王の頭脳として支える宰相"グランデ"
莫大な富を持ち世界中の行商を束ねる外交官"クライン"
膨大な魔力を持ち王を守る盾となる魔法騎士"クロウド"
ティアナの家紋は魔法騎士を司るクロウド家だ。
王族と上位貴族は生まれながらに高い魔力を持つ。
特に魔法騎士であるクロウド家の
公爵を継ぐためには精霊との契約が必須となる。

代々黒い髪と黒い瞳を持つドントゥール家は
魔法の天才と呼ばれ精霊王の加護を得ていたが
黒い髪と黒い瞳は
魔獣を惹きつけるとして忌み嫌われていた。
その中で王国騎士団を束ねる父は実力を重視し
差別する事なくドントゥール家と懇意にしていた。
ドントゥール家には三人の男児がおり
次男と7歳以上歳が離れた末っ子は妾との子供である。
黒い髪に紫の瞳をもつ長男次男と違い、
末っ子は黒い髪に黒い瞳をもっていた。
生まれた時から人並外れた魔力を宿す末っ子が
養子縁組の候補に上がるのに時間はかからなかった。




「ティア、目覚めたかい?」

ふかふかの寝具の中で目を覚ますと
優しい瞳で語りかける父の姿があった。

「お父様・・」

起きあがろうとするとそっと背中に手を添え
コップに汲んだ水を渡してくれた。

「暑かったからね。
 太陽の光を浴びすぎちゃったかな?」

黙って思案する私に父が優しく話しかける
「それとも、ギルベルトの姿に驚いた?」

はっと顔をあげて父を見る。

「違います!」
父は安心した笑顔を見せた。


「林檎は食べられそうかい?」
私はうなずく。

「少し待ってて」
父は頭を優しくなでて部屋をでていった。
父が出て行くのを見届けて鏡の前に立つ。
「やっぱり・・
 私、ティアナ=クロウドになってる」

黒目黒髪の少年を見て私は前世の記憶を思い出した。



私は前世、黒目黒髪の日本人だった。

名前はもう思い出せないけど
独身で職場を往復するだけの
毎日変わらない日々を送っていた記憶はある。

仕事の日以外は家でお菓子を食べながら
漫画や携帯小説を読み一日中ベッドの上で
ごろごろ過ごすのが日課だった。

友達の結婚ラッシュに人恋しくなり
ある日、始めたのが乙女ゲーム。

寂しい心を埋めるように
ときめきを求めて始めたゲーム
『アリスと光の魔法学園』。

よくあるパターンゲームのひとつで、
平民の女の子がある日希少な光魔法に目覚め
学園で出会う攻略対象者達と魔力を高めながら
王女になったり聖女になったりするラブコメゲーム。

私は浅く広く楽しむタイプだったから
いろんなジャンルの携帯アプリゲームを
ダウンロードして楽しんだ。

有料ゲームをプレイしたり課金したことはなく
『アリスと光の魔法学園』も
無料範囲内で楽しめる
第一王子攻略基本ルートを攻略しただけで終わった。

課金すれば甘々イベントが発生し
溺愛モードでプレイできたり、
ゲームの選択肢が増えて
他の人も攻略できるようになったり、
魅力や魔力のポイントを上げると
隠しルートが解放されたりと、
度々ポップアップメニューで広告が表示されたが
お金を払うほどの興味はなかった。

幸いだったのは
『アリスと光の魔法学園』は大人気で
ネタバレサイトやクチコミサイトが多数存在したこと。

第一王子の基本ルートでは、
当て馬役に婚約者である"悪役令嬢"が登場する。


それが私、
ティアナ=クロウドだった。
ギルベルト=クロウド(ドントゥール) 現4歳
ドントゥール侯爵家の末っ子で
ゲームの攻略対象者の一人である。

妾との間に生まれたギルベルトは
母親と兄弟に受け入れられなかった。
産みの母親は追い出され
頼れるのは父親だけだったが
父親は王国騎士団に所属し家を空けることが多かった。

ドントゥール侯爵家の後継者は長男。
クロウド侯爵家の後を継ぐと末っ子は格上の人間となる。
大反対する母親を押し切り
父親はクロウド家の養子縁組への話をすすめるが
一人娘のティアナはギルベルトを受け入れなかった。

国の最高峰として君臨するティアナの父は
世界最強を誇る魔法騎士であり
最高峰の"大魔導師"と呼ばれる賢者である。

そんな国王にも一目置かれる彼が
世界で唯一、逆らえない相手が一人娘のティアナであり
溺愛する娘に反対されれば従わざるを得ないのだ。

ゲームの中のティアナは、
黒髪と黒目を怖がり
ギルベルトに「バケモノ!」と言い放った。

ギルベルトは傷つき
母親は満足げに蔑んだ。

ギルベルトは離れに暮らすようになり
父親と侍女に育てられるが、
侍女は母親の言いなりで
幼いギルベルトはネグレスト気味に育つ。

唯一、心の支えだった父親は、
家を空けることが多く
ギルベルトを救うことができなかった。
成長するに従って
ギルベルトは心を閉ざしていくのだ・・


第一王子ルートのハッピーエンドで
王子がティアナに
婚約破棄を言い渡すシーンがある。
このシーンでティアナは断罪されるのだが
優しいヒロインは最後まで反対していた。
そんなヒロインを説得したのがギルベルトで
自身の過去について触れていた。
壮絶な内容に感情移入した前世の私は
枕を涙で濡らしたものだ。

ちなみにギルベルトは
物語の"ヒロイン"に心を救われるのだが、
二人に何があったかまでは知らない。
ティアナ=クロウド 現6歳
クロウド公爵家の一人娘。

ライトロード魔法学院で出会った両親は
惹かれあい恋に落ちた。
代々王国に仕える魔法騎士家系の父は
四属性を持つ天才魔法使いで
幼い頃から次期後継者として育った。
そんな父の相手に地属性で魔力も弱い
伯爵家令嬢である母は受け入れられなかった。

父は天才魔法使いの才覚を見せ
魔法学院を卒業すると同時に
後継者の座を実力で勝ち取った。
親の反対を押し切って強引に結婚したのだ。

この時、両親を辺境へ追いやったのが災いした。

辺境の森で魔獣の襲撃があり
父は戦場に呼び出されていた。

この時、母は私を身ごもっており
3週間も前に急に産気づいたのだ。
戦場へ知らせが届いたのは母が亡くなった翌日だった。
私も、生死の境を彷徨ったらしいが
何とか奇跡的に生還することができた。

父は国王の専属護衛であり王国騎士団を束ね
生活のほとんどを国王の元 王城で過ごす。

そんな経緯もあいまって
一人娘のティアナを溺愛し
すこぶる甘やかした。

時機にティアナは第一王子の婚約者に選ばれ
周りはちやほやもてはやした。
そんな環境の中で育ったティアナは
我儘で傲慢な悪役令嬢へと近づいていった。

そんなティアナの前に光属性を持つアリスが現れる。

魔力を持つ人は
地・風・水・火・光・闇の属性に分かれ
その中でも闇属性は希少で
闇属性を持つものは髪や瞳に黒の色を持つ。

闇属性の所以は魔族と人間の混血とされ
百数年までは迫害されていた。
ドントゥール侯爵家は戦力での仕上がり
圧倒的な強さで今の地位を築いた。

闇属性よりさらに希少とされるのが光属性。
治癒魔法を使えることから羨望の対象となり
国からも大変重宝される。
光属性を持つ者だけが聖職者に就けるのだ。

平民だったヒロインが
ライトロード魔法学院に通えたのも
光属性のおかげである。

婚約者である第一王子や
存在が目立つ攻略対象者達に
ちやほやされるアリス。

次第にティアナはアリスを蔑みいじめる様になり
そこからはお決まりのパターン。

アリスを殺害しようとして捕まり婚約破棄。

ティアナをかばう父により
命は守られるが爵位は剥奪。

娘を放っておけない父は、
逆光を乗り越え魔法の天才と呼ばれる様になる
ギルベルトを後継とし
ティアナと一緒に家を出るのだ。

前世を思い出す前のティアナならともかく
うん十年を日本人のOLとして過ごしてきた
私としては平民になることに抵抗はないが
大好きなお父様まで巻き込みたくはない。
たしかに甘やかせ過ぎだったとは思うけど。
前世社会人の私としては
悲しい過去と過酷な任務に同情してしまう。


もう一度
鏡の前に立って自分を見てみる。

手入れのされたさらさらで輝く金色の髪。
海のように深いブルーの瞳。
全身手入れされた肌は
にきびや吹出物はもちろんシミひとつない。
今はつるぺた美少女だけど
ゲームの世界で見た将来の私は
迫力ある巨乳美女に育つことを知っている。

あんな環境でこのまま育っていればきっと
ゲームの世界みたいな悪役令嬢になっていただろう。
幸いにも私は、前世大人の記憶を得た。

倒れた時は混乱したけど、
今は "前世の記憶" と "ティアナの6年間" が
うまく融合されている。

きっと断罪ルートは回避できる。




お父様が持ってきてくれた
すりおろし林檎と氷をまぜたフローズンに口を潤し
私は深い眠りについた。