春うららかな日差しの中、桜の花びらが舞い降りる。どこまでも広がる蒼穹の下、ひらひらと、ひたすらうららかに。

 まさに入学式日和。で、あるのに、それなのに。

(なにやってんだろう。おれ)

 無情に閉ざされた校門の前で、池崎正人は一瞬だけ途方に暮れる。

 思案したのは一瞬。やはりこのまま逃げ出すわけにもいかない。

 校門は登れそうになかったので、正人はぐるりと敷地の裏側へと進路を取った。

 建物の脇に回ったところで、ここはというポイントを見つけた。こういうことに関して正人はとても鼻が利く。

 塀をよじ登り身軽に飛び下りる。入学に合わせて母親が新調してくれた革靴の底がじんと痛み、正人はやれやれとため息をついた。

(ほんとに、おれ……)

「なにやってるの?」

 まさに今、自分が思ったことを言葉にされて、正人はぎくりと声がしたほうを振り返る。

「なにしてるの? 君」

 髪の長い女子生徒が立っていた。

 とっさのことに言葉を詰まらせている正人を数秒眺めやり、彼女はくるりと踵を返してさらりと言った。

「池崎正人くんでしょ? ついてきて」

 返事を待たずにすたすた歩きだす。

 慌てて後を追いながら、正人は疑問を素直に口にした。

「なんでおれの名前……」

「新入生でまだ来ていないのは君だけだから」

 体育館らしき建物と校舎の間の細い路地へと入り込んだところで、彼女はちらりと正人を振り返った。

「入学式に遅刻だなんて、いい度胸だね」

「ただの寝坊に度胸は関係ねえだろ」 

 条件反射でかみつき返してしまう。

「……」

 彼女がすうっと、瞳を眇める。正人ははっとしたが時既に遅し。

 どう見ても上級生を相手に、入学早々まずかっただろうか。いや、それ以上に。

 この女子生徒からなんだかよくわからない威圧感のようなもの、を感じてしまい、正人は固まったままそのキツイ一瞥を真っ向から受け止めた。

 ここで怯んだりできないところが正人の長所であり短所でもある。

「それもそうだね。失礼な言い方してごめんなさい」

 予想に反してあっさりと、彼女の方が引いてくれた。体育館脇の路地をすたすたとすり抜けて行く。

 どうやらそちらが正面側だったらしい。既に式が始まって閉ざされている玄関の脇で、数人の生徒が机や段ボール箱の片づけをしていた。