レスター王子の名前を聞いてしまうと、今でも心臓が跳ねる。
かつて、婚約者だった王子。
一方的に求婚され、一方的に婚約破棄された。
その事自体はもうなんとも思わない。

正直な気持ち、あんな自分本位で幼い王子と結婚しなくてよかった、と思う。

わたしの親友となってくださったソフィア公爵令嬢も、かつてレスター王子の婚約者だった。彼女は幼い頃から10年以上婚約者で、付け焼き刃の令嬢だったわたしと違い、最上級のお妃教育を受けてきた本物の貴族令嬢だ。
レスター王子もかつては王妃の長子として、王太子に近い王子と言われていた。だからこそ、王妃に相応しい教養と身分と気品を兼ね備えたソフィア公爵令嬢が妃にと選ばれていたわけだけど。

あの愚かな王子は、自らそれを捨てたんだ。ミリュエール…わたしに一目惚れしただとかの理由で。

それは、ひいては王家に次ぐ格式と権力を持つ公爵家の後ろ盾を自ら手放した…ということ。

たぶん、あの王子にはそんな理解はできなかったんだろう。目の間の色恋沙汰にしか興味がない人だから……その結果、ソフィア様は異母兄のアルベルト王子と御婚約されてお幸せになられてる。

そして、わたしも2年でレスター王子に捨てられた。
男爵家とはいえ侯爵家にも劣らぬ力を持ち、王家を護る盾として歴戦の騎士を輩出してきたエストアール家を蔑ろにし、侮辱したも同然。

お父様はその件でレスター王子を完全に見限られたんだ。