——これだけ好意を全面に押し出されて。
それを5年間続けられると、流石に心も動くというもの。

『エドウィン皇太子は、筆頭婚約者を溺愛している』ことは周知の沙汰で、他の婚約者候補は次々と辞退していった。

外堀はとうに埋まり、私の心も、気付けば彼に動きかけていた。
—あくまで、そうね、好意が3割か4割!
半分も行ってないんだから‼︎



そして彼が一年先に学院に入り、過ごす時間が減っても、事あるごとに皇宮に呼び出され、接点を持たされた。


——どうしろというの?
———貴方の心は、いずれ聖女のものになるのに。

————でも、もしかしたら。



貴方は、『魅了』の力を、跳ね返してくれるかも知れない。



ほんの僅かな期待が、私を苛む。

そんなこと、ある訳ないのに。

そんな甘い『魅了』なら、ラノベの中でも誰かしら跳ね返していたはず。
ヒロインに優しい世界だから、跳ね返す必要なんて無いのかも知れないけど。




———物語と現実は違うよ

もし、私の記憶を話すと、貴方はそう言うでしょう。

そうね、そうかも知れない。
でも、貴方に対する『ほんの少しの』恋心を自覚してしまった私には、それは心を壊しかねない賭けで。

それも、9割方負けの決まった、圧倒的不利な賭け。

そんなものに乗る訳にはいかないから、私は着々と準備を進めた。





エドウィン様が13歳の年、魔物の動きの活発化と召喚陣の構成のため、聖女召喚が5年後に行われるのが決定した。

スタンピードに充分間に合う計算で、魔力量が多く次期皇太子妃となるであろう私の箔付のためにも、私も魔力を提供することになった。

これは、ラノベには無い話。
努力の結果、私の魔力は召喚陣を維持するに足る程増えたのだ。
正直、魔法師団でご飯が食べられる。
それも、幹部で。
もちろん、就職先の一つに数えている。


私の家は、聖女召喚が為されると、その後の聖女を養女に迎え、後見する役目を負う。


——私は、私の『エドウィン皇太子の婚約者候補』という立場を奪う女性を、召喚し、義姉妹として世話することになる。

分かっていても、皮肉過ぎて笑えた。


ラノベでは、聖女は『魅了』の能力(ギフト)を持って現れる。
それも、『誰もが聖女を好きにならずにはいられない』程の力。

無論、私の家族含め、周囲の皆が聖女の味方になる。
ラノベでの私は、エドウィンからも家族からも見向きされなくなって、寂しくて聖女に不満をぶつけた。

——そして、私の世代の卒業パーティーでの断罪。

味方は誰もなく、即刻の国外追放。

——それは、魔獣が出る森への放逐なので、つまるところ『死刑』なのだ。




でも。

私は、自分で自分の死刑執行書にサインするつもりはない。

聖女に目が向いたエドウィン様を実際に目にしたら、きっと幻滅できる。

大好きな家族も、きっと吹っ切れる。

だから、皆の目が聖女に向いてから、私は早期卒業制度を使って、隣国に留学すべく手筈を整えているところだ。

言葉もお金も生活する場所も、5年後までに全て整える。
その手始めとして、今年からお父様に、傘下の商会の一つを任せてもらったばかり。


商会を隠れ蓑に、隣国に拠点を作る。
——やり切って、みせる。