エドウィン様が13歳で学院に入るまでの5年間、内政・外交からダンスまで、私自身とエドウィン様の希望で同じ授業を受けた。
別だったのは、エドウィン様の剣術訓練と、私の刺繍の授業くらい。
魔法や戦略の訓練も、希望して受けさせてもらった。

私は、婚約解消後の生活に役立てる知識を得るため、何でも学んでおこうと必死に取り組んだ。

婚約解消の後で、私に良縁は来ない。

公爵家は、お兄様が継ぐ。
いずれ結婚するお兄様の元に、いつまでも居れる筈もない。
更に、お父様もお母様もお兄様も、いずれ引き取る『聖女』に夢中になるのは分かっているのだ。

自分で生きていく術を身につけないと。

でも、何となく侍女は嫌なので、文官になりたいと思っている。
皇妃教育を受けるから、外国に嫁ぐ手もあるけど、私は自分で稼ぎたい。
もし商才があったら、商会を立ち上げてもいい。



だからこその必死さで学んでいたのだけれど…
——一緒に学んでいると、嫌でも理解してしまう。
エドウィン様は、いわゆる『天才』だ。

そりゃ、7歳で、30歳の中身を持つ私に負けてないわ。
私が3回4回聞いてやっと理解することを、彼は1回聞くだけで理解した。
そして、私に分かりやすく教えてくれる。
有難いけど、賢すぎる。
戦略・戦術の授業で、私は一度も勝てたことがない。

更に、剣術でも、彼は頭角を表している。
12歳になった今、彼に張り合えるのは、16歳以上の騎士見習いだ。
何たるハイスペック!

そして……
これが一番困ること。

今日も休憩のお茶の時間に、それはもう甘い表情で、嬉しそうに微笑む。

「ねぇ、考えてくれた?レティ」

レティって何だ、レティって!

「なっ、何をですっ⁉︎
それに『レティ』って何ですか⁉︎」

エドウィン様は、激甘な眼差しを私に向ける。
溶けちゃいそうだ。自然に頬に血が昇る。

「2人だけの呼び名だよ。

私は君を『レティ』って呼ぶから、君も私の呼び名を決めて欲しい。
君だけの呼び名だから、『エド』はダメだよ」

……毎回、こんな感じでいい雰囲気に持って行こうとする。

アナタ12歳ですよ⁉︎
何その手管‼︎

酸素が足りない金魚のように口をパクパクさせていると、彼はそっと頭を撫でて
、顔を覗き込んできた。

「さあ、考えて。
名前考えるの、好きでしょ?

この前、よく飛んでくるアファルダ(スズメに似た鳥)に、『ファル』って名前を付けて餌をやってるのを見たよ」


…何故知ってるの⁉︎


アワアワしてると、微笑みが段々黒くなってきた。
あ、ヤバい。

「できないなら、代わりにキスしてもいい?」

12歳!
アナタ、12歳だから‼︎

「じっ、じゃ、じゃあ、『ウィン』!
『ウィン』で‼︎」



咄嗟に答える。
ギリギリセーフ‼︎のはず‼︎


ジリジリしながら、彼の表情を窺う。
ゆっくりと、花が開くように微笑む『ウィン』。

「じゃ、よろしくね、レティ」



——あー‼︎いつの間にか、『レティ』呼びを認めたことになってる‼︎



謎の敗北感に打ちひしがれながら、今日も私は皇宮を後にするのだった———