——完全に、盲点だった。
市井の絵本。神話風のお伽噺。

皇后陛下と話さなかったら、いつまでも気が付かずにいた。

「陛下、ありがとうございます。
これで光が見えましたわ」

私は、立ち上がり、精一杯のカーテシーをとる。

「役に立てたなら良かったわ。
罪滅ぼしにもならないけど、貴女の助けになれたならそれで。

——時々、帝国に来て私ともお茶の時間を持ってくれると嬉しいわ。

その時はついでに、エドウィンにも会ってあげてね。
あの子は、貴女が居ないと全く駄目になっちゃうから」

お茶目な感じで片目を瞑って、皇后陛下は私に言った。

私は、必ず、と笑って答え、御前を辞した。


出かける準備をしていると、エドウィン様が顔を出した。

「レティ、どこか行くの?」

「ええ、城下町の本屋に。
皇后陛下から、有力な情報を得たので、確かめに行きます」

心がはやる。
早く確かめないと、早く。

「わかった、私も行こう。

アル、今日の午後の予定は調整出来るな?」

「はい、問題ございません」

アルバート様が、間髪入れず答える。
あっという間に同行決定だ。

「焦ってるのは分かるけど、落ち着いて、レティ。

大丈夫、本は逃げないし、聖女も元気だから」

「え…?」

「さっき報告があったよ。
聖女は、辺境の街で、食堂で働いてる。

元気そうらしいよ」

淡く微笑むエドウィン様。
私は、何故か胸が痛んだ。

変な表情をしていたのだろう。
エドウィン様は、私をそっと抱きしめて、次第に腕の力を強くした。

「お願いだから、私を、聖女に譲ろうなんて思わないで。

私は、レティの側に居たいんだ」

——私は、大層酷いことを考えていたらしい。

背中に手を回し、ポンポンと叩く。

「貴方が望まないのなら、ウィン。

絶対にしませんから」

「どうだか。私を置いてとっとと帰りそうだ」

完全に拗ねた声で、エドウィン様は言う。

私は笑って、腕の中から彼を見上げた。

「私もそれなりに、貴方を大切に思っていますよ、ウィン。

『それなりに』は、照れ隠しですからね」

「うわぁ、嫌な言い方を覚えたね、レティ」

一瞬顔を顰めて、でも次の瞬間、大輪の花が咲くように笑って。

「私には、君以上に大切なものはないよ、レティ」


……ああ、もう、やめて欲しい……

———信じたく、なっちゃうじゃないか———