そんな彼等の健闘の甲斐もあり、ついに料理が完成した。
 ポトフのように盛り付けられた肉じゃがもどきと、やたらと芸術点の高い刺身の盛り合わせ。カイル監修のもと、色々と過不足のある中で無事に完成した品々である。
 既に味見を済ませたマクベスタ達は慣れない味になんとも言えなかったのだが、カイルは「まあ大丈夫だって。アイツなら喜んでくれるよ」と繰り返す。
 不安を抱えつつも料理をトレーに乗せ、彼等はアミレスの部屋へと足を向けた。

 コンコン、と扉をノックをするも返事は返って来ない。
 アミレスが昼寝中だと把握しているアルベルトは一度懐中時計に視線を落とし、「主君に起こせと命じられてた時間から既に三十分程過ぎてるから、大丈夫だと思う」と小声でマクベスタ達に伝える。
 それにこくりと頷き、彼等は慎重に扉を開いてそろりと入室した。
 向かうは窓際の長椅子(ソファ)。その背もたれからはみ出す銀色の頭からして、まだアミレスが昼寝中である事は想像に難くない。

 赤子のように口を小さく開けて眠る姿はとても可愛らしく、太陽の光に照らされる様子は天使を描いた絵画のよう。
 アミレスに体を預けてぐーすか眠るナトラも、アミレスの膝の上で穏やかに眠るセツも、今ばかりは天の使いのような神々しさすら感じる。
 その光景を見て、男達は思わず放心していた。

「…………」
「なぁ、マクベスタ。こんな物があるんだけど」
「──っそれは……!?」

 惚けるマクベスタの肩を叩き、カイルは小声である物を差し出した。

「「「カメラ……!!」」」

 アミレスが持つカメラと似た形のカメラ。
 まるで悪魔の囁きのように現れたそれに、マクベスタ達は固唾を呑む。マクベスタにカメラを押し付け、カイルはしたり顔でサムズアップした。
 マクベスタは困ったようにカメラに視線を落とすも、程なくしてそれを構える。
 カシャ、カシャ! と何度かシャッター音が鳴り、その場で次々写真が現像される。その写真を見て、マクベスタとアルベルトとイリオーデは顔を見合わせた。

「……マクベスタ王子。私も、その写真を一枚貰いたいのだが」
(──王女殿下の寝顔の姿絵だなんて、あまりにも貴重すぎるだろう)
「俺もっ、俺も欲しいっ」
(──俺の女神様の宗教画……常に持ち歩いて拝みたい……!)

 その言葉にマクベスタは少し間を置いて、

「…………ああ、いいぞ。これはアミレスには内緒という事で」
「感謝する」
「ありがとう、マクベスタ君」

 二人に一枚ずつ写真を渡した。
 主人(アミレス)の激レア寝顔ショットを入手した従者達は、幸せを噛み締めるように写真を胸に抱く。
 彼等があまりにもわちゃわちゃしていたものだから、カイルがカメラを返却された頃にはついにアミレスも目を覚ました。
 アミレスは寝ぼけ眼でカイル達を見て、「あれ、みんないる……おはよ……」と欠伸をこぼす。

「おはよ。昼寝してて腹減ってんじゃねーの? そんなアミレスさんにこちら、俺達からのプレゼントでーす」
「プレゼント?」

 カイルの言葉に続くよう、イリオーデとアルベルトは彼女の前にトレーを差し出した。長椅子(ソファ)付近のローテーブルに置かれた二品の料理を見て、アミレスの意識は覚醒する。

「──カイル? まさか貴方……!」
「フフフ、マクベスタとイリオーデとルティと作ったんだわ。味わって食いたまえ」
(なんで軽率に和食作ってるのよこの人は! うちの子達が有能だからって巻き込んでるし……!!)

 今の一瞬である程度の経緯を把握したアミレスは、全く自重しない男への呆れで深く息を吐いた。
 だが、すぐさま気を取り直して。

「……せっかく皆が作ってくれたんだもの、ありがたくいただくわ」

 トレーの上に置かれていた木製の箸を使い、まずは肉じゃがもどきを一口。

「〜〜っ! 美味しい……!!」

 アミレスの目がキラキラと輝く。
 初めてスイーツを食べた子供のように、彼女は頬に手を当てて顔を蕩けさせた。

「この肉じゃがみたいな料理、凄く美味しいわ! 味も濃くて……ええと、土恵物(ホーリーグレイス)かしらこれは。土恵物(ホーリーグレイス)や、肉や野菜によく煮汁が染み込んでいて本当に美味しい。舌の上でショートケーキみたいにふんわりと崩れる感じとか……美味しいなあ……」

 久方振りに邂逅した故郷の味に、アミレスも思わず饒舌になる。
 起き抜けとは思えない勢いで、彼女はひょいひょいと肉じゃがもどきを食べ進めた。ぺろりと一品平らげたものの、アミレスはまだ止まらない。
 最後のお楽しみ、刺身がまだある。
 この世界では焼き魚しか食べた事がないので、刺身を食べられる事が心から嬉しいらしい。

(ん〜〜! この食感、この醤油の味! まさに刺身だわ!!)

 いつも王女らしく上品に落ち着いて食事をするアミレスがあまりにも美味しそうに食べるものだから、マクベスタ達はホッと胸を撫で下ろした。

(想像以上に喜んでくれたみたいで何より。料理をちゃんと味わって、美味しいって言って貰えるのって……思ってたよりも嬉しいんだな)

 またなんか和食作ってやるか。と、カイルは笑う。
 その笑みは少年のそれと言うより──世話焼きな大人が見せる、柔和な微笑みだった。

「ありがとう、皆。すっごく美味しかったよ」

 寝起きで機嫌の悪い竜幼女の頭を撫でながら、少女は満面の笑みでお礼を告げる。それこそが、彼等にとって最高の褒美であると知ってか知らずか……。