「花を飾るなりするのなら、まだ許せた。じゃがあやつ等は花から魔力を抽出するだけ抽出して、不要となり枯れた花はその辺に捨ておった。我が丹精込めて育て上げた花々を、それが咲き誇る花畑を、あやつ等は自分勝手に壊しよったのじゃ! それが我はどうしても許せなくて……それで、衝動的に『吸血鬼など滅んでしまえ』とその血筋を呪った」

 呪った──? じゃあ、あの時……俺が死にたくなるような辛苦を味わったのは、この子供の呪いの所為だったって事なのか?

「我は確かに吸血鬼がこの世から消えるよう呪った。あの頃は我も万全の状態じゃったし、我の呪いは完全に発動した筈だ。なのに何故、まだ吸血鬼が生きておる? 何故お前は、我の──竜の呪いから逃れたのじゃ?」

 子供の鋭い目が俺を睨む。
 この子供は、竜種……なのか。そして、五百年前。吸血鬼が竜種の怒りを買ってその報復で呪われ滅ぼされたと。
 予想外ではあるが、ある意味納得出来る。何せ吸血鬼とは不老不死である前に、非常に生命力の強い種族。弱点である銀やら太陽でなければ、そう簡単には死なない。

 だが、あの原因不明の病は力の強い吸血鬼から順に、等しく命を奪っていった。普通ならば有り得ない事だが……それが竜種程の存在による呪いだったのなら、納得がいくというもの。
 ……まさか、数百年越しにあの絶望の正体を知る事になるとはな。
 怒り狂った竜種の呪いだったなんて。そりゃあ、吸血鬼も虫のようにあっさり死ぬ訳だ。

「──はぁ。俺が生き残ったのは、俺が最後の吸血鬼だったからだな」
「最後の吸血鬼……? それが、お前が生き残った事と何の関係があるのじゃ」

 子供は俺を睨む事をやめた。その代わりに、気だるそうな瞳で俺を静かに見据える。

「これは、一族の間で言い伝えられてた事なんだが……この世界はな、ありとあらゆる生命の情報保存の為に、必ず一人(ひとつ)は存在を保証するんだ。たとえ吸血鬼でなくとも、この世界において最後の存在となったその生命──情報というものは、世界の抑止力によって死という運命を剥奪される。死にたけりゃ、さっさと最後の一人(ひとつ)でなくなれってな」

 これは、うちが吸血鬼一族であるからこそ言い伝えられていた事。吸血鬼なんて中途半端な種族はいつ排斥されるかも分からない。だからこそ、こんな嘘か本当かも分からない言い伝えがあった。
 ───何があろうとも……決して、吸血鬼一族(デリアルド)の血が絶える事はないのだと。
 俺は全く信じていなかったが、今こうして自分が最後の一人となり、言い伝えを信じざるを得なくなったのだ。

「……それがこの世界の意思ならば、我の呪いが効かぬのも頷けるわい。我が母の意思を、子に過ぎぬ我の我儘なぞが覆せる訳なかろうて」

 はぁ。と大きなため息をつき、

「すまなかったな。悪いのは一部の馬鹿な吸血鬼だけなのに、お前達の種族を根絶やしにしようとしてしまって。我もあの時は怒りに任せて少し暴走してしまった……吸血鬼を許す気には全くならんが、それでも大多数の吸血鬼に巻き添えを食らわせた事に変わりなし。それについては、謝罪しよう」

 その竜は、俺に向かって頭を下げた。
 だが俺は何も感じない。当時の感情や苦しみなど、今の俺にとっては日記でしか知る事の出来ない過去の出来事だから。

「……でも、悪いのは先に粗相を働いた吸血鬼なんだろ。ならあんたが謝る必要はない。ただの因果応報だ」
「じゃが、我はお前の家族を殺したのだぞ?」
「家族とか、もう顔も名前も覚えてねぇよ。父親は混血(ハーフ)の俺を疎んでいたから、一度も会った事はない。母親は……俺が小さい頃に自害した。異母弟妹の事も、もう思い出せないからな」

 何に怒ればいいのか分からない。
 何に悲しめばいいのかも分からない。
 当時の事を記録としてしか知らない──何もかもを忘れた()には、この竜に文句を言う資格など無いのだ。

「…………すまぬ。辛い事を思い出させてしまったな」

 竜はバツの悪そうな顔で俯いた。
 そう何度も謝られても困るんだがな……と、気まずい気持ちのままクッキーを手に取り頬張る。

「──ねぇ、アンヘル。一つ聞きたいのだけど」

 ずっと黙り込んでいた王女様が、おもむろに口を開いた。

「吸血鬼は大抵、何らかの能力を持って生まれるのよね?」

 よくそんな事知ってるな。

「ああ、そうだな。俺の場合は変化能力がそれに該当する」
「その能力の中には、未来視──未来予知のような能力もあるの?」
「さあな。基本、固有能力の事は人に言わない決まりだったんだ。ある種の弱点になるからな。ああ、でも」

 ふと、遠い昔の事を思い出した。朧げで、今にも消えてしまいそうな、水泡みたいな記憶。

「俺の母親は、不思議なぐらいかくれんぼが上手かったな。もしかしたら、母親の能力は王女様の言う未来予知とやらだったのかもしれない」

 デリアルドの大人達から散々嬲られた俺を庇う為に、母親はよく俺と一緒に物陰に隠れていたらしい。そして隠れる間、俺は母親とよく甘いものを食べていたようで、日記にはその甘いものの事が頻繁に書かれていた。
 家中で白い目に晒されながらも、母親が俺の為によく甘いものを作ってくれていたのだと思う。
 今思い返せば、母と一緒に隠れる時は絶対に誰にも見つからなかった。まるで……母親には誰がどう動くのか分かっていたかのように。
 不完全な思い出を口にしたところ、王女様は目を見開いて、口の端を僅かに釣り上げた。

「……分かったかもしれない。貴方が、混血(ハーフ)である理由が」
「っ本当か?」

 これには流石の俺も少し前のめりになる。

「あくまで推測の域を超えないのだけど……貴方が混血(ハーフ)になったのは、貴方のお母さんの仕業だと思うの」
「母親の仕業?」
「うん。貴方のお母さんが、仮に未来予知の能力を持っていたとして……もしも、我が子が生まれる前後に、いずれ(・・・)一族が(・・・)全滅する(・・・・)未来を(・・・)見たと(・・・)したら(・・・)──……私なら、我が子を守る為に何だってするわ」

 それは、きっと貴方のお母さんも同じだったと思う。そう、王女様は俺の目をまっすぐ見て言い放った。そして彼女は更に続ける。

「何が原因で、どんな経緯でそのような未来に至るのかは分からない。だけど、とにかくそんな未来が待ち受ける事だけは確かだから……貴方のお母さんは貴方が生き残れるように、一か八か、貴方の体に人間の血を混ぜたんでしょう。私には、それ以外に純血の血筋に混血(ハーフ)が産まれた理由を推測出来ないわ」

 なんで、俺が生き残れるようにって人間の血を混ぜたんだ? そんな疑問が顔に出ていたのだろう。竜がハッとした顔でボソリと零した。

「そうか、我の呪いを回避する為にか……!」
「呪いとかは分からなかったでしょうけど、おおよそはその通りだと思うわ。未来予知では、吸血鬼が次々と倒れていっている。吸血鬼が倒れる程の何かが起きるのならば──少しでも吸血鬼から遠ざければ、その何かで他の吸血鬼が死に絶えるまでの時間稼ぎが出来る。最後の一人になるまで耐えられたら、確実に生き残れるから……だから人間の血を貴方に混ぜた。どんな手段を使ってでも、我が子に生きて欲しくて」

 優しい表情で言い切った王女様は一度深呼吸をして、

「……何度も言うけれど、これはあくまでも私の妄想に過ぎないわ。だけど……私の妄想の通りだったとしたら、きっとアンヘルとの思い出の場所とかに、手紙か何かを残してるんじゃないかな。貴方が混血(ハーフ)である事の答え合わせとなる、手紙とか」

 私だったらそうするから。と笑った。
 王女様と母親は違うし、彼女の説が正しいという確証は全くない。だが、なんとなく、彼女の説を信じたいと思ってしまった。
 仮にそうだとして……母親の所為で苦しんだとは思わないし、母親の所為で悩み続けたとも思わない。
 ただ、知りたいのだ。なんで俺は混血(ハーフ)なのか。──長い間ずっと抱いていた疑問を解消したい。
 だから藁にもすがる思いで、一番有り得そうな説を信じてみる事にした。

「……──そうか。舞踏会が終われば、一度屋敷中をひっくり返してみよう。悩みを聞いてくれてありがとな、王女様」
「力になれたようで何よりだわ。でもあまり期待しないで。的外れだった時に申し訳無いから……」
「ンな事で王女様を責めたりしねーよ」

 色々とちぐはぐで、見てて飽きないお嬢さん。
 俺にとっては教祖のような尊敬すべき人でもあるが……なんつぅか、こうして見てるとただの女の子なんだよな。

「なるほどなるほど。話の流れはよく分からんが、アミレスがまた一人、悩める人間を導いてやったという事じゃな。流石は我のアミレスよな!」
「私はただ相談を受けただけよ、ナトラ」

 調子のいい事を言う竜を、王女様は困ったように窘める。今日起きた事は、必ず詳細まで日記に書き残そう。
 ……──だってこんなにも穏やかで、気分が晴れ渡ったんだ。今日という日の事を忘れるなんて、勿体ないだろーよ。