「……で、お前は何がしたいワケ? オレサマ、魔王なんだけど。使い魔になれとか流石に不敬だぞ」
「それは分かってるけど……だってこうでもしないと、貴方の事をリードさん達に許して貰えないじゃない」
「悪魔の危険性ならさっき耳にタコが出来るぐらい聞いたろ? それなのに契約しようとするとか、そこまでしてオレサマと一緒にいたいのか?」
「えぇ、そうだけど」
「エッ」

 シュヴァルツの頭で揺れる大きなアホ毛が、ピンッと伸びて固まる。

「だってこれまでずっと一緒にいたのに今更いなくなられても、何か違和感凄そうだもの」
「……まァそうだよな。お前はそういう……はァ。ったくよォ〜〜」

 今度はしなしなと垂れてゆく彼のアホ毛。そのアホ毛を巻き込んで、シュヴァルツは頭をガシガシと掻いていた。

「でもさァ、何度も言うがオレサマは魔王なんだよ。魔王が人間の使い魔になるとか、色々と洒落にならんだろ」
「うーん……じゃあ、拘束の契約にしようかな」
「拘束の契約ゥ?」

 拘束の契約。それは、“それぞれの条件のもと、必ず約束を守らせる”という魔法。双方が心から納得出来る条件を提示すると、互いに約束を守り合うように強制力が働くのだ。
 これは国を問わず王族などの間では有名な契約で、契約者同士で共に呪文を唱えたら契約が成立するらしい。
 その旨を簡単に説明すると、シュヴァルツは顎に手を当てて「ほーん」と気の抜けた声を漏らした。

「それならいいぜ。言うなれば取引のようなものだ、それは悪魔の専売特許だからな」
「なら良かった。それでね、貴方には人類を害さないって事を約束して欲しいのだけど──」
「あまりにも抽象的すぎる。履行期間も定まってないのに、それは流石に無理があるぞ」
「……まあそうなるわよね。だからさっき貴方も言ってたように、私が生きている間は人類を害さないで欲しいの。やむを得ない場合は仕方無いと思うけど」

 つまり私が生きている間は、人類は魔王による被害を受けないと。中々にいい条件だと思う。

「フゥン……オレサマがお前を殺して履行期間を強制的に終えるとは思わないのか?」
「えー? あれだけ信じるって言ったのに、私、貴方に殺されちゃうの?」
「──殺すかよ、ばーか。お前が不安なら……オレサマはお前を殺さない事も条件に加えていいぞ」
「それは親切にどうも。それで、貴方はどんな条件にするの?」

 何故か皆の注目が集まる。何人か、凄く怖いぐらい鋭い眼光を飛ばして来ているけど……あれなのかな、軽率に拘束の契約をしようとしているから怒ってるのかな。

「……ふむ。じゃァ、オレサマが望んだ時にオレサマの頭を撫でてくれ」

 ──頭を、撫でる? 頭を撫でられたがっていた事と言い、もしかしてこの悪魔も誰かに甘えたい性質(タチ)だったの……?!

「えっと、そんな事でいいの? というか全然条件として同等じゃないよそれ」
「ならイリオーデにしてたみたいにさ、お前から抱き締めてくれよ。それでいいぜ、オレサマは」
「分かった……けど、流石に私ばかり厳しい条件を突きつけてて申し訳ないから、もう一つ──そうね、ほっぺにちゅーとかしましょうか? これが条件の一つになるかも分からないけれど……」

 それなりに自分の恥と尊厳を費やす作業なので、私個人としてはそこそこ厳しい条件なのだが、シュヴァルツがこれを承諾するかは分からない。
 なので、おずおずと提案してみたところ、

『──はぁ!?』

 と、皆の叫び声が四方八方から飛んで来た。

「よし乗ったァ! アミレス、早く契約するぞ邪魔される前に!!」
「わ、分かった」

 途端に乗り気になったシュヴァルツに呪文を教え、早速契約に取り掛かる。
 いつの間にか私達の周りには結界が張られていて、外の音が聞こえなくなっており、切迫した表情で何かを叫びながら皆は結界を破壊しようとしている。

「私が貴方に与える条件は、『私が生きている限り人類を害さない事と、私を殺さない事』」
「オレサマがお前に与える条件は、『オレサマが望んだ時に、頭を撫でたり抱き締めたり頬に口付けしたりする事』」
「「──この約束を遵守すべく、此処に契約します」」

 こうして契約は成された。
 上機嫌なシュヴァルツが鼻歌混じりに結界を解くと、その瞬間、イリオーデ達やシルフ達が殺意を隠そうともせず彼に襲いかかった。
 物騒だなあと思いつつ、私はドヤ顔でリードさんの方を振り向く。

「リードさん! 契約は成立しましたのでもう大丈夫です! これで許してもらっ──……」
「も〜〜〜〜っ! なんで君は数年経っても全ッ然変わってないの?! 君は女の子だし、そんじょそこらの子達と比べて幾万倍にも魅力的なんだよ! それを理解して行動してくれないかなあ!!」
「り、リードさん?」
「目的の為なら手段を選ばない事とかさあ、自分を安売りするような言動とかさあ! 君はそんな事しなくても充分なぐらい力や手段があるのだから、わざわざ禍根を残すような道を選ばなくていいでしょう!? なんでよりによってその自覚がないのさ!」

 緩く波打つ深緑の長髪を揺らして、彼は私の言葉を遮る勢いで両肩を掴んだ。あの優しいリードさんの急なご乱心に、私は完全に呆気に取られていた。

「王女殿下──いいや、アミレス(・・・・)さん(・・)。ちょっと今から話があるんだ。数年前からずっと思っていたんだよ……君、本っ当に危機感が無いよね。それに関してお兄さんと色々お話ししようか」
「こ、これでも危機察知能力はある方だと思うんですが……」
「勘違いだよそれ。いいからあそこの空いてる席で説教させて貰おうかな」

 ひぃいい! リードさんの笑顔が怖い!!

「ジスガランド教皇聖下。その説教、私も参加させていただきたく思います」
「君は……?」
「姫様の侍女をしていた、マリエル・シュー・ララルスと申します。私の教育が間違っていたようなので、改めて姫様を再教育すべきと判断したのです」
「成程。そういう事なら大歓迎だ。一緒にこのお転婆お姫様に説教しよう」
「はい、喜んで」

 リードさんとハイラに同時に手首を掴まれ、そのまま空席へとズルズルと引き摺られていく。
 二人以外はほとんどの人がシュヴァルツに攻撃しているし、何もしていないアンヘルはスイーツに夢中。
 目が合ったカイルに潤んだ視線で助けを求めるも、彼はリードさんに向かって「その説教、俺も参加していいっすか?」と言う始末。裏切ったな親友!!
 ナトラは助けようとしてくれたみたいなのだが、クロノとベールさんが何故かそれを阻む。
 どうやら、もう逃げ場は無いらしい。

「〜〜っ、お説教は嫌ぁあああああああああ!」

 美しい雪原に、私の情けない叫びが響き渡った。