「……──ふぅ。貴女にあんなにもベタベタ触れる男が傍にいる事がそもそも許せないというのに、ましてや魔王だなんて本当に有り得ない! 精霊様に気に入られていらっしゃる姫君は、万が一にも悪魔に精神を汚染されている事はないでしょうが……だからこそ、貴女のような方があんなにも悪魔の肩を持つ事が信じられないのです。どうして姫君は悪魔に味方するのですか? 僕がどれだけ危険だと説明しても、決して意思を曲げないんですか!」

 ミカリアの声がどんどん大きくなっていくものだから、お茶会を楽しんでいた面々がこちらに意識を向ける。
 だが周りが見えなくなっているのか、ミカリアは私の手を両手で握り締めて更に続けた。

「もうどうすればいいんですか! どうすればその男を姫君の傍から排除出来るんですか! 悪魔の危険性を説いても無駄だと言うのならば、もう素直に目障りだとでも言えばいいんですか? でもそんな事を言って姫君に嫌われたら……そう考えて説得を試みたのに、姫は僕と戦ってでも魔王を庇うつもりみたいだし……もう、どうすればその男を貴女の傍から排除出来るんですかぁ!」

 なんと、ミカリアは泣き出した。人類最強の聖人が子供のように泣き出したので、それには私達も思わず唖然となる。
 そこで黙々とスイーツを頬張っていたアンヘルがミカリアの異変に気づき、

「ああ……昨夜(ゆうべ)、『明日のお茶会が楽しみすぎて眠れないんだよ〜!』とかほざくミカリアと飲む羽目になったから、嫌がらせでしこたま酒を飲ませたんだ。めちゃくちゃ弱い癖に俺が飲ませまくったから、見事に泥酔しててな……まだ酒抜けきってなくて多分酔ってるぞ、そいつ」

 サラッととんでもない事を言ってのけた。
 寧ろ今までよく酔ってる事に誰も気づかなかったわね? もしかして治癒魔法とかで誤魔化してたの?

「感情的になって酔いが戻って来たのかもな。知らんけど」
「ちょっと無責任すぎませんかねアンヘルさん!?」
「えー……だって俺巻き込まれた側だし。酒弱い癖に俺に酒飲もうって持ちかけて来たのそっちだし……つーか、悪魔がどうのって言う割に吸血鬼(オレ)の事看過してるから、そこの馬鹿な聖人の話は気にしなくていいと思うぞーおーじょさまー」

 確かに! と納得してしまった。
 吸血鬼はかなりグレーゾーンな立場で、誰もが触れづらい存在である。だが聖書などでは往々にして悪しき存在と記されており、本来ミカリアが関わる事などあってはならないのだが……ミカリアはアンヘルを無二の知人としてとても大切に思っている。
 ならば別に、私もシュヴァルツとの交流を続けてもいいのでは?

「あの、ミカリア様」
「なんですか姫君。その男を殺しても宜しいのですか?」
「まったく宜しくないですよ」

 シクシクと物静かな涙を流しておきながら物騒な事を言うな。

「ミカリア様にとって、アンヘルはとても大事な存在なんですよね?」
「はい。アンヘル君は大事な知人です」
「なら、貴方にもわかりますよね。本当は駄目だと分かっていても、その人を大事な友だと感じる気持ちが」
「…………」

 少し目を丸くして、ミカリアは口を真一文字に結んだ。どうやら私の言葉が彼の心に響いたらしい。
 あともう一押しでミカリアを説得出来る気がする!

「それなのに自分の事を棚に上げて私の事ばかり責め立てるなんて、ミカリア様ったら酷いです」
「ち、ちがっ……そんなつもりはなかったんです。僕は、ただ…………」
「友達として私を心配してくださったんですよね。分かってます。だからこそ、ミカリア様に言いたいんです」
「僕に言いたい、事……?」

 酔いの所為か止まる様子のない涙を指の背で拭い、笑いかける。

「──貴方の友達である私を、どうか信じて下さい。彼が人類に牙を剥く事がないよう、私が目を光らせますので!」

 ついでにクロノの事もお任せを。現在進行形で復讐先延ばし計画実行中なので。

「………………わかりました。でも、少しでもその悪魔が人類に牙を剥けば、その時は国教会の聖人として僕が悪魔を殺します」
「納得して貰えたようで何よりです」
「ああ、それと。その男が姫君に手を出したら殺します。なんならもう魔界に乗り込んで魔界を滅ぼします」
「魔界を滅ぼす!?」

 この人今、世界を一つ滅ぼす宣言したよね!? ゲームのあの純粋無垢なミカリアはどこに行ったのよ……!


 ♢♢♢♢


 五分後。ようやくミカリアが落ち着いてくれたので後はアンヘルに任せて、私はリードさんの説得に移った。
 こちらは、なんとなくだけど既に活路を見つけてある。果たして上手くいくかは分からないけども。

「リード先生、質問があります!」
「急になんだい、王女殿下」
「貴方がシュヴァルツを見逃せない理由って、確か魔王だから……なんですよね」
「まあ、要約すればそうなるね。そんな七面ど──危険な存在を野放しにしては、何が起こるか分からないから」
「なるほどなるほど。じゃあ、私がシュヴァルツの手綱を握れたら問題無いですか?」
「手綱……って簡単に言うけど、彼、魔王だよ?」

 リードさんは無理だって言うけれど、私には秘策があるのだ。

「ねぇシュヴァルツ、ちょっと相談があるんだけど」
「──っああ、なんだ?」

 ぼーっとしていたのか、ハッとしたように返事するシュヴァルツを見上げつつ、私は彼に向けて手を差し出した。
 その手のひらを見て、シュヴァルツは目をパチパチと瞬かせていた。

「私と契約して、使い魔になってよ!」

 どこかで聞いた事のあるフレーズ。それを耳にしたカイルが紅茶を吹き出す姿が視界の端に映る。

「ちょっとアミィなんて事言って──ッ!?」
「駄目っすよ姫さん! 悪魔なんか従えるぐらいなら精霊従えてくださいよ!!」

 椅子を倒す勢いで立ち上がったシルフと師匠が止めに入るも、

「ちょっと精霊共は黙ってろ」

 シュヴァルツの一声で地面から無数に這い出てきた黒い手が、シルフ達の体を絡めとり足止めする。