「あの、姫君。先程からずっとお伺いしたかったんですが……そちらの悪魔は? 姫君が悪魔を召喚したなどという噂は(まこと)だったのですか?」
「ええと……実際に召喚した訳ではなくてですね……元々居たというか、なんというか」

 お茶会が始まって早々の事だった。またシュヴァルツについて詰め寄られて途方に暮れていた私を、更にあの愉快犯は追い詰めていく。

「ややこしいからもう名乗っちまうか。どーも、人類最強の聖人とやら。オレサマはヴァイス・フォン・シュヴァイツァバルティーク。当代の魔王デ〜〜ス」

 どうにも鼻につくテンションでシュヴァルツが自己紹介をすると、

「……はい? シュヴァルツ君が魔王?」
「──魔王? 姫君の傍に、魔王が?」

 リードさんとミカリアが驚きや怒りで顔を染める。
 ああもうまた修羅場じゃん! と心で叫びながら、私は彼等とシュヴァルツの間に割って入り、仲裁する。

「た、確かに彼は魔王ですけど、これでも魔物の行進(イースター)解決の立役者で普段はすっごく大人しくしてるので! 全然、全然危なくなんてないですよ!!」
「そーだそーだ。オレサマは、アミレスがいる限りこの世界に手を出すつもりはないからなァ〜〜」

 どうして貴方はそう煽るような言い方しか出来ないのよ!

「国教会やリンデア教にとって魔族が怨敵である事はよく分かってますし、魔王なんて到底受け入れ難い存在だという事もよく分かっています。だけど、彼は大丈夫です! 今のところ何も悪い事なんてしてないし……寧ろいい事しかしてません!」

 何とか二人を説得しようと力説するも、

「うーん……シュヴァルツ君に悪意や敵意が無いのは分かってるんだけどね、流石に魔王はなぁ……一応これでも一つの宗教をあずかる者だし、見逃せないというか。こればかりはね、主の教えに反してしまうから」

 リードさんは申し訳無さそうな表情で、子供に語り聞かせるように優しい言葉を口にする。

「───いいですか、姫君。悪魔とは悪性そのものであり、僕達人間の善性を喰らう毒です。取引・契約と言えば聞こえはいいですが……悪魔は人間の純粋な願いや欲望を利用し、人間が事の重大さに気づかないからと法外な代償を要求する。悪魔を召喚する者は元より精神が不安定な傾向にあるのですが、悪魔は召喚されたその瞬間に、召喚者の不安定な精神を侵食して無意識のうちに理性を剥奪する。それにより正常な判断が出来なくなった──とすら認識出来ていない召喚者は、悪魔から非道な代償を要求されたとしても、『これは理性的に考え出した決断(こたえ)だ』と誤認して承諾してしまう。悪魔とは、それ程に卑劣で罪深い存在なのですよ」

 ミカリアに至っては、真顔で淡々と悪魔の恐ろしさについて説明してくる。口を挟む隙すら与えてくれない怒涛の語り口調からは、聖人として聖書に従い生きてきた彼の中にある魔族への深い嫌悪が窺える。
 この人達を説得するとか不可能では?

「……じゃあ、そんなシュヴァルツ──魔王ヴァイスを庇う私も粛清対象ですよね」

 人として、あの日の判断やこの発言が間違っている事ぐらいは分かる。分かってはいるけど……でも、これは、そんな常識とかで割り切れる事じゃない。

「私は、凄く単純で利己的な人間なんです。あの夜の日に偶然出会ったシュヴァルツを、あの戦場で命懸けで私達を守ってくれたヴァイスを──私は、今更裏切る事なんて出来ません。たとえそれが褒められた事ではなくとも、世界から後ろ指を指されるような事だとしても……私は、迷わず彼を信じます。だから貴方達が彼に危害を加えるつもりなら、私は、貴方達と戦います」

 もう、他人の為に生きるつもりは無い。自由になったのだから、私は私の為に生きる。
 絶対に失いたくない大切な身内(みんな)を守る為なら、私は世界から嫌われてもいい。多分それが、一番私の為になる事だし。
 一度信じたのならば最後まで信じる。それが、人との繋がりというものだって……遠い記憶の中で誰かが言っていたから。
 そんな私の歪んだ決意が嫌でも伝わったらしく、リードさん達はあからさまに狼狽えた。

「戦うだなんて……っ、あのね、王女殿下。私だってシュヴァルツ君がそこまで悪くない事は分かってるんだ。数年前に彼に助言された覚えもあるし、粛清とか、討伐とか、私だって叶うならそんな事はしたくない。君と同じように、彼を信じたい気持ちの方が強いんだよ。だけど、彼が魔王──魔界の統治者である以上、これはそんな単純な話では済まないんだ」

 何度も何度も、リードさんは同じ事を柔らかい声音で説明してくる。決して私を否定しないその言い回しには、彼の優しさが滲み出ていた。
 どこからどう見ても、私が悪いのに。

「姫君は世界を敵に回してでもその悪魔を庇うのですか? 百害あって一利なし、貴女の平生を脅かすような事にしかならないのに?」
「はい。彼の正体が分かったその時から、この意思は変わりません」
「……そうですか。──姫君、このような時にこのような事を言うのも何ですが」

 緊迫した空気の中、ミカリアが私の手を取ってニコリと笑い、

「僕は、貴女の事が好きなんです。なのでここからは聖人としての発言というよりかは、貴女に想いを寄せる一人の男の発言になります」

 耳を疑うような、変な前置きをしてから深呼吸をする。