その教皇ことロアクリードはと言うと──、

(ざまあみやがれ。彼女はお前なんかに靡かないんだよ!)

 教皇なのにめっちゃ私情で動いていた。元々私情で教皇になろうとしたような男だ、流石の自己中心的である。
 相変わらず内心では酷くミカリアを馬鹿にしているらしい。子供か。
 勿論アミレスの為の行動である事に変わりないが、その本音の大半が、大嫌いな相手への嫌がらせだった。

(このッ……異教の扇動者め……!)

 ミカリアの美しい顔に、いくつもの青筋が浮かぶ。
 今にも二大宗教のトップ同士による代理戦争が始まる──かに思えたが、そうはならなかった。ここで更なる修羅場が自ら歩いてやってきたのだ。

「一体、これはどういう集まりなんだ。我が妹よ」
「お、お兄様……」

 招待客達との挨拶をある程度終えたフリードルが、マントをはためかせて現れる。

(国教会の聖人、デリアルド辺境伯、リンデア教の人間、オセロマイトの王子、そして……)
「──ハミルディーヒの王子が、何故お前と共にいる。僕にも理解出来るように説明しろ」

 他は、まあ、いい。だがハミルディーヒは駄目だ──。そのように考え、フリードルはアミレスに詰問する。
 威圧的に、冷徹に。
 いつも通りの冷たい海。それに飲み込まれてしまいそうな感覚に襲われつつ、少女は思考する。

(……ミカリアもああ言ってたし、やっぱりカイルとの関係を隠すのは難しいのかな)

 でも、どうやって説明しよう──。
 思考の大海を泳ぎながら、アミレスは足場を探し、そしてなんとか見つけた。だがそれは……この状況において最も悪手であろう、大船に似た泥舟だった。

「実は、舞踏会が始まる前に彼と一度会った事があって……その時に、その……一目惚れしちゃったんですよね! カイル王子に!!」
「エッッッ」

 カイルが密入国を繰り返していた事は国際問題になるので当然話せない。ならばもう、これが最善策だと……アミレスはとんでもない一手を打った。
 それと同時に、カイルの顔がまた青ざめる。
 まさか信じるとは思っていないが、もし万が一マクベスタに誤解されたらどうしよう──! と危機感を抱き、カイルはマクベスタの方を見ようとしたのだが、ここで彼にとって予想外の事態に発展する。

「「────は?」」

 ミカリアとフリードルの声が、凍土のごとき冷たさとなり重なった。……実際、フリードルの怒りに合わせて会場の温度が一気に五度ぐらい下がってしまったのだが。

(この反応、もしかしてコイツ等……!?)

 何かに気づいたカイルがアミレスの方を見るが、彼女は相変わらずミカリアの豹変っぷりに怯えていて、使い物にならない。
 それを見て、コイツさては自覚ないな! と驚く一方、まあでもアミレスだしな……と諦めと呆れの入り交じった表情になるカイル。
 はぁ。とため息を一つ零し、カイルは頭をフル回転させる。

(アミレスのあの発言は何も(・・)知らない(・・・・)からこそ出た、俺を庇う為のものだろう。だからって他にもっとなんか……こう、当たり障りのないシチュはなかったんかな〜〜…………てかマジで、何をどうしたらマクベスタだけでなく、ミカリアとフリードルまで攻略出来るんだよ。すげぇなアミレス)

 これでアイツの死亡フラグ何個か消えたんじゃね? とカイルは表情を明るくしたが、それは間違いである。
 確かにフリードルからアミレスへの感情は変化したが、それはゲームの彼がミシェルに向けていた温かな愛などではなく──海のように深く恐ろしい愛憎であり、フリードルがいずれアミレスを殺そうとしている事に変わりはなかった。

(よくよく考えれば、今ここに攻略対象がほとんどいる気がするんだが? (カイル)、マクベスタ、アンヘル、ミカリア、フリードル……八人中五人おるな)

 そう。まだゲーム本編が始まっていないにも関わらず、この場には八人の攻略対象のうち五人が揃っている。
 しかも、その中心に立つのはヒロインのミシェルではなく──悪役のアミレスだった。
 本来有り得ない状況に立ち、カイルはこの世界が既にゲームからかけ離れつつある事を実感したのだ。

「姫君は本当にその子供に一目惚れしたと? ……貴女は、そういう男が好みなのですか?」
「え〜〜っと……そう、なります……かね?」
「なるほど。では、それは今後の参考にするとして──そちらの少年をお借りしても? ちょっと、話がありまして」

 外向きの営業スマイルを貼り付けて、ミカリアはずいとアミレスに顔を寄せた。

「話──」

 アミレスの瞳がカイルへ向けられると、彼は顔面蒼白で左右に顔を振った。

「……はちょっと本人の体調があまり芳しくないようなので、御遠慮いただければ」
「おや。貴女は僕が何者かお忘れですか? 僕は聖人です。この世の大抵の傷病は治せますよ」
「え、ええと……」
「そんな風に怯えないで下さい。僕は貴女には何もしませんから」

 "貴女には"──というミカリアの発言に、カイルは何度目かも分からない喉笛を鳴らした。

「待て、聖人。その男には僕も用事があるんだが」
「おや……フリードル殿下が彼にどのような用件で?」
「──その男は、あろう事か僕の妹を誑かしたのだ。兄として、色々と問い質す必要がある」

 冷酷な瞳でカイルを一瞥し、フリードルは白い息を吐き出した。その瞬間、

「え」
「えっ」
「え?」
「えぇぇ?!」

 マクベスタ、ミカリア、アミレス、カイルからそれぞれ素っ頓狂な声が上がった。
 それもその筈……彼等の知るフリードルからは絶対に飛び出さないような言葉が、当たり前のようにフリードルの口から放たれたのだ。そりゃあ目を点にしても無理はない。

「ハミルディーヒの王子もだが……おい、マクベスタ・オセロマイト。いつまで妹の肩を抱くつもりだ、離れろ馴れ馴れしい。お前の事も尋問してやろうか」
「……これは失礼。彼女を守る為に必要でしたので」
「妹を守るのは兄の役目だ。赤の他人が出しゃばるな」
「時には、血縁者よりも赤の他人の方が都合がいい事もありますけどね」

 後ろ髪を引かれる思いでアミレスの肩から手を離し、マクベスタは濁った瞳でフリードルを睨み返した。
 病み気味不器用お兄ちゃんVS吹っ切れヤンデレバーサーカー。ファイッ!
 こんな所で、こんな時に。二人の王子による戦いのゴングが鳴らされた──かに思えたが、そこでずっと静観していたアンヘルが、いつの間にか取ってきたスイーツを頬張りながら口を開く。

「なあ、おーじょさま。ダンスの相手って決まってんのか?」
「え? ダンス??」
「向こうの方でそろそろ伴奏やるかーって、音楽家達が話してるから気になったんだ。王女様はあのクソガキ……じゃねぇ、布野郎にエスコートされてたから相手がいないんじゃないかと思ったんだが、どうなんだ?」
「もしや心配してくださったんですか? ありがとうございます、辺境伯様」
「……べつに。心配とかじゃないし。ただ気になっただけだ。あとそんな風に呼ぶな、なんかうざい」

 少しむくれた顔で、アンヘルはまたスイーツを口いっぱいに頬張る。その行動がまるで照れ隠しのようで、「うざい……」と小さく笑ってアミレスは話を続けた。

「ではなんと呼べば?」
「家名じゃなければなんでもいい」
「それじゃあ、アンヘル様と呼ばせていただきます」
「……呼び捨てでいい。おまえの方が身分高いし、何より教祖にそんな風に接されると困る」
「えぇ……? はぁ、分かりました。アンヘル」
「敬語もいらんって言ったろ」
「わ、わかった」

 アンヘルの勢いに押しきられた事に少し眉尻を下げ、アミレスは咳払いと共に話を戻した。