「カイル・ディ・ハミル……って、もしかしてあの時の声の?」

 数年前、オセロマイト王国が王城に滞在していた際に聞こえた謎の声。それを思い出したロアクリードが顎に手を当ててボソリと零した。
 アミレスが、声ってなんの事? と疑問符を浮かべているうちに、話は進んでいく。

「あー……もしや、あの時オセロマイト王国の城に?」

 どこかで見た事があるような、そんな漠然とした既視感を抱きつつカイルが驚いたように反応すると、ロアクリードは軽く頷き更に続けた。

「そうですね。ああ、私はロアクリード=ラソル=リューテーシー。よろしく、元気な王子様」
「こちらこそよろしくお願いしま──……」

 お互いに手を差し出して握手をした時、カイルの表情が一瞬にして固まる。

(ん? ロアクリードって……──っぁあああああああ?! そうだ、そうじゃんか!!)

 その時ミカリアの顔が視界に入り、カイルはその心当たりに辿り着いた。
 頬に冷や汗を浮かべながらくるりとアミレスの方を向いては、カイルは彼女の両肩を思い切り掴んで勢いのまま日本語(・・・)を口にした。

「『おいアミレス! あれッ、あの人! ミカリアルートのラスボスじゃねぇか!? なんでそんな人とミカリアが同じ場所にいるんだよ!!』」

 カイルが何かを叫んでいるものの、それは、この場の人間のほとんどが聞き取る事の出来ない、粗末な耳鳴りとなった。
 以前にもこれを体験し多少の理由も聞かされていたマクベスタは、カイルの奴近いな……と思う程度に留まったのだが、他の者達は違う。
 ミカリアも、アンヘルも、ロアクリードも、ベールも。その場にいた何も知らない者達は、等しくカイルの迫真の表情に目を奪われた。

(なに、今の音?)

 聖人が未だかつて無い事態に動揺する。

(ッ、うるさ……!)

 吸血鬼が頭を刺す耳鳴りに顔を歪める。

(何か喋ったんだよ、ね? 何も聞こえなかったけど、どういう事なんだろうか……これは)

 教皇が疑うように瞳を何度も瞬かせる。

(竜種(わたしたち)の言葉でも、人類の言葉でも、神々の言葉でもない。これは、私達が認識出来ない──……いいえ。認識しては(・・・・・)いけない(・・・・)高次の言葉なのかしら)

 白の竜が考察したそれが見事的を射る。
 だが、その考察の答え合わせは不可能だった。
 何故ならそれは──この世界にあってはならない、未知の概念(ことば)だから。
 それを理解する事が出来ないこの世界の住人には、きっと、永遠に答え合わせの時は来ない。その言葉も、知識も……この世界とその住人にとっては毒に他ならないのだ。

「『──あ。そう言えば、確かにそんな名前だった気が……?! え、リードさんがラスボス?! あのリードさんが、ミカリアを瀕死に追い込むリンデア教の生物兵器なの!?』」
「『お前今まで気づいてなかったん!? ゲームの立ち絵は顔隠してたから顔見ても分からないのはわかるけど、あんな特徴的な名前そうそう忘れないだろ!! お前さては世界史苦手なタイプだな!』」
「『失礼ね! 私だって万能じゃないんだから、何でも覚えられる訳ないじゃない!! というか、私だってさっき初めてリードさんの名前を聞いたばかりなんだから!』」
「『そうなのかそれはすまん……ってか、知り合いなのか、あの人とも』」
「『うん。すごくいい人だよ、リードさん』」
「『お前がそう言うなら、まあ……安心か?』」

 そう言いながらため息を吐き出して、カイルはアミレスから離れた。
 そして二人はようやく気づく。自分達がずっと日本語で会話していた事に。
 声にならない叫び声をあげながら二人は揃って青ざめる。その後、アミレス達が恐る恐るミカリア達の方を振り向くと、

「……姫君。色々とお尋ねしたい事があるのですが、とりあえず今は一つだけ。姫君は──……そちらの彼と親しいのですか?」

 作り物のような真顔。色を失った聖人のご尊顔が真っ直ぐ彼女達を見据える。
 それにひゅっ……と喉笛を鳴らし、アミレスはカイルの後ろに隠れた。
 何せアミレスという存在にとってミカリアは死因の一つ。今までのやけに好意的な彼ならともかく、このように冷徹な彼は恐怖の対象になってしまったらしい。
 なので、つい反射的に隠れてしまったのだ。それがミカリアの琴線に触れるとも知らずに……。

「わ、私のびび、美徳……なのです! 初対面の人とも仲良くなるという事は!」
「へぇ。僕と初めて会った時はあんなにも遠慮がちだったのに、あまり良い仲とは言えない隣国の王子様とは出会って数分もしないうちに打ち解け、そうやって触れ合うんですね」
「は、はははは……」

 普段温厚な人が怒ると怖い。美人が怒ると怖い──そのような風説があるが、二人はミカリアによる詰問でそれを身をもって体感する事となった。
 何に、どうして怒っているのかは分からないが……アミレス達は揃ってミカリアへの恐怖で震えていた。
 そんな彼女等を見て。ミカリアから守る為、というよりかはただカイルから引き離したかっただけなのだが……マクベスタがおもむろに彼女の手を引いて「アイツよりオレの傍にいた方がマシだろう」と告げる。
 どういう事? と思いながらも大人しく従い、アミレスがマクベスタの傍に移動すると、ミカリアの怒りの矛先はマクベスタにも向けられて。

(……この子供達、さっきから姫君と近いなあ)
「──マクベスタ王子。まだ、姫君への質問が終わってませんので……姫君をこちらに引き渡していただけますか?」

 僕は全然姫君と触れ合えないのに。と嫉妬混じりの怒りで、ミカリアがマクベスタ──の、隣にいるアミレスに向けて手を差し出すと、

「嫌ですよ。彼女が怯えている姿が目に入りませんか? 聖人様ともあろう方が、まさか嫌がる少女に無理やり……なんて事はありませんよね」
「っ……無理やりだなんて、人聞きが悪いですよ。僕はただ、姫君と少しお話ししたいだけですから」
「少しでいいのなら、もう充分では?」
「い・い・え。まだ、ま〜ったく話し足りてませんので」

 マクベスタはミカリアから目を逸らす事無くアミレスの肩を抱き、守るように自身にくっつけた。その距離の近さに、さしものミカリアと言えども苛立ちを露わにする。
 その光景に、先程までの無様な様子が嘘のようにカイルは興奮した。

(ッスー……ここを墓場とする)

 興奮の癖が強い。あまりの推しカプの尊さに、この限界オタクは薄らと涙を浮かべていた。
 その後。叫ぶ事が出来ないぶん、噛み締めるように体を震えさせて何度もガッツポーズを作っては、アンヘルに変なものを見るような目でドン引きされていたのだが……カイルは推し(マクベスタ)の活躍に夢中で気づく様子はない。

「貴方はどう思いますか、ロアクリード様。アミレスは間違いなく、聖人様の威圧に怯えていると思うんですが……」
(──オレの知っている彼ならきっと、アミレスの為になる行動を取ってくれるだろう)

 そんなマクベスタの思惑など知る筈もないが、ロアクリードは突然の飛び火にも爽やかな笑顔で対応した。

「ああ、そうだね! 私達のような一般人からすれば近づく事すらも畏れ多い存在……そんな方に詰め寄られて、王女殿下のように幼い少女が怯えない訳がない。あの聖人様ならば当然、お分かりかとは思いますけどね〜〜」

 この時、ロアクリードとミカリア以外の全員が、一般人? と小首を傾げた。大規模な宗教の教皇ともあろう男が一般人を自称した事に驚いているようだ。