「ありがとう、二人共。でも下がってちょうだい、相手は大国の皇帝よ。ここは私がちゃんと対処するから」
「しかし…………いえ。王女殿下がそう仰るならば」
「俺達は貴女様の御心に従います」

 小さく頭を垂れてゆっくり下がる二人の間を抜け、もう一度ロンドゥーア皇帝の前に立つ。すると彼は露骨に嬉しそうな、何かを期待するような顔を作った。
 その表情を凍らせる為に、私は満面の笑みを貼り付けて言い放つ。

「初対面でこんな事を言って、大変申し訳ないのだけど、(わたくし)……はっきり言って貴殿の事なんてどうでもいいのですわ。だって貴方は(わたくし)からすればただの迷惑な客。期間限定の客人の分際で、これ以上街に迷惑をかけないで下さる?」

 この手のプライドが高く面倒なタイプの俺様は、このようにどうでもいい等の無関心な言葉を伝えるとクリティカルヒットする。
 好きの反対は無関心だからね。嫌いだって言ってもこの男なら喜んでしまいそうだから、今私に言える言葉は無関心になってしまう。
 まあ……それでも放置だとか焦らしだとかで騒がれたら、もう、どうしようもないのだけど。

「……オマエ、実は思ってたよりエリドルと親密なのだな」
「──は? その目と耳は節穴なのでしょうか」

 どこか傷ついた表情のロンドゥーア皇帝があまりにも的外れな事を言うものだから、本音がまろび出てしまった。

「アッ、その目良い……ではなく。オレが実は寂しがり屋だという事をエリドルから聞いているからあのような発言が出来たのだろう? このオレに!!」
「いや知りませんけど。皆様ご存知の通り、(わたくし)は家族に嫌われた女なので」
「ならば何故、的確にオレの心を傷つけるような台詞を吐けたのだ。興味無いとか……悪趣味鬼畜変態蜥蜴とか……」
「そんな事(わたくし)に聞かれても。というか後者の言葉には全く心当たりがないんですけど、新手の当たり屋ですか? 侮辱されたと事実を捻じ曲げる系統の」
「クッ、なんという冷たき態度……! 良いぞ、やはり氷の血筋(フォーロイト)の人間だなエリドルの娘!!」
「さっきから言ってますけど、その程度の事は一目見れば分かるでしょう?」

 一体、何故、私は変態と押し問答を続けているのだろうか。早く帰りたい。帰ってみんなでティータイムと洒落こみたい。
 この情緒不安定な変態皇帝とこれ以上会話をしていたくない。精神衛生の為にも!

「おっ? ドゥアーじゃねぇ〜か! 久しぶりだなあ!」
「その変な呼び方は……キリュシカライトか。騒々しいぞ、失せろ」
「え、今久々の再会したばっかりなのに? そりゃあ冷たいんじゃあねぇのか親友」
「オレ、オマエと親友だったのか? 何それ怖、まったく記憶に無いが……」
「ひっでぇなこいつ!!」

 も〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! また何か変なの増えたし!
 離脱準備を始めていた私を嘲笑うように、ロンドゥーア皇帝に気さくに声をかける人間が現れてしまった。
 濃い褐色の肌に、アラビアンな服装。整った顔には特有の化粧があり、黒い肌の上では装飾の金銀財宝が輝いている。
 キリュシカライト……って、もしかしてタランテシア帝国よりも南部にある砂漠の国、ビュラハント王国の王太子とやらの事かしら?
 直前まで誰が行くか決まってない国とかも多いから、私の知ってる招待客の名簿と一致しない事もあるとは聞いていたけれど……ケイリオルさん、本当に名簿と違う人が来てますよ。
 ビュラハントは国王が来るんじゃなかったの? 何かその息子が来てますよ。

「邪魔だキリュシカライト。オレは今、人生史上最も下腹部にクる女と出会えたのだぞ? 繰り返すが、邪魔をするでない」
「うわ相変わらずだなあ変態。そんなんだからエリドルさんに悪趣味鬼畜変態蜥蜴って言われるんだぞ」
「うるさ──おい待て。前から気になってたのだが、何故オレは軽く呼び捨てにする癖にエリドルは敬称がつくのだ。オレとアイツの何が違う」
「え? だってエリドルさんはかっこよくて強くて正しくイカれてるじゃあないか。あんたはただ頭おかしいだけだろ?」
「何を馬鹿げた事を。オレだってかっこよくて強いだろう!」

 あの悪趣味なんとかってやつ言ったのうちのお父様なんかい。
 ロンドゥーア皇帝とキリュシカライト王子が仲良く談笑する様子を、市民と私達はどうしようかという気持ちで眺めていた。
 ──よし、逃げよう。これは敵前逃亡などではない、戦略的撤退だ。

「お願い……ちょっと来て、シルフ」

 どうにかしてこの場から離脱したい。その一心で、今頃お仕事中なのであろう彼を呼び出した。
 師匠は召喚しなきゃいけないのに対し、シルフは何故か名前を呼ぶだけで駆けつけてくれる。
 シルフ曰く、『ボクとアミィの絆が成せる技だよ♡』との事だが……それなら師匠も呼ぶだけで来てくれるのでは? と思ったんだけど、それを言ったらシルフの性格上拗ねてしまうだろうと思ったので心の中にそっとしまっておいたのだ。
 そんな事を考えていたら、目の前の空間がぐにゃりと歪みそこから美しい人が飛び出てきた。

「アミィ〜〜っ! 君からボクにお願いなんて珍しいね! 何でも言ってごらん、ボクが何でも叶えてあげるよ」

 いつも通り抱き着いてきたかと思えば、シルフは星空の瞳を柔らかく細めて微笑んだ。
 シルフの登場に、ロンドゥーア皇帝達ですらも目を丸くしている。「とりあえず、一回離れて」とシルフに伝えたのだが、シルフはバックハグに変えるだけで抱き着くの止めてくれない。
 いつもの事だしもういいやと諦めつつ、私はロンドゥーア皇帝に別れの言葉を告げた。

「それでは、(わたくし)は用事があるのでこれで。再三忠告しますが、街に迷惑をかけないで下さいまし」

 ぽかんとするロンドゥーア皇帝とキリュシカライト王子は放っておいて、私はシルフに「東宮まで転移して欲しいの」と頼んだ。
 シルフは、「なんだそんな事か……」とぶつくさ言いながらもその場で瞬間転移を発動し、私達を東宮まで送ってくれた。
 東宮に戻った私を出迎えたのは廊下の掃除をしていたナトラとクロノだった。こちらに気づいたナトラが小さな足で駆け寄ってきたかと思えば、私に抱き着いた途端眉を顰め、

「……変な臭いがする。お前、今日は何をしていたのじゃ?」

 とこちらを見上げてきたものだから、私は慌てて自分の臭いを嗅いだ。私の鼻がおかしくないのであれば、別に臭ったりはしない……筈。
 私だって一応年頃の女の子なんだもん、臭うとか言われたら流石に気になるって!