「はぁ? 何あれ、アミィを散々苦しめてきた挙句まだ嫌がらせを重ねるとかふざけてんの?」
「たかだか人間の分際で偉そうに……マジでムカつくんだけどォ〜〜」

 人外さん達が口々にフリードルへの批難を飛ばす。シュヴァルツ、人間ロールプレイ時の癖が抜けきってないわよ。
 そしてどうやら、批難を飛ばしたいのは人外さん達だけではないようで。

「いくら皇太子殿下だからって俺達の仕事に口出す権利はないよ。他人に頼まれたって主君の傍を離れる訳ないだろ」
「同感だ。私達の役目は王女殿下の護衛……その傍を離れるなど、存在意義の剥奪に等しい」

 そんな事はないでしょ。貴方達にはもっと素敵な存在意義がたくさんあるじゃないの。
 しかし、フリードルが一人で来いと言い切った以上、下手に逆らっては立場を悪くするだけだ。フリードルへの態度を改め、可能な限り歩み寄ろうと決めたのだから言う事は聞いておいた方が得策だろう。

「……はぁ。仕事を頑張る二人には悪いけど、当日は私一人で行くわ。危険な事なんて起きないでしょうし、護衛がいなくても大丈夫でしょう」
「しかし、御身に何かあれば……!」
「そうですよ主君! そもそも皇太子殿下は主君を──」
「イリオーデ、ルティ」

 二人の名前をぴしゃりと言い放つと、彼等はぐっと押し黙った。
 例え事実なのだとしても、誰が聞いてるかも分からない場所で『皇太子が王女を殺そうと考えている』事について口にさせる訳にはいかない。
 皇族の名誉を害したという名目で反逆罪と捉えられかねないから。

「ありがとう、心配してくれて。でもきっと大丈夫。兄様も、今ばかりは祭りを成功させようと頑張ってるだけだと思うから」

 正確には、主催となった冬染祭を成功させ民からの支持を厚くする為──だろうけど。

「そうだわ! せっかくだから当日に貴方達に頼みたい事があるの」
「頼み事……ですか?」
「ご随意に。主君のお望みは必ず叶えてみせます」

 上手く話題を変えられたとホッと胸を撫で下ろしながら、話を続ける。

「そんな難しい事ではないのだけど……今度、皆で祭りを見て回るじゃない? その時に着る普通の服をね、貴方達に見繕ってほしいの。私の護衛も世話も無いから暇を持て余すでしょうし、暇潰しの買い物程度に考えてくれたらいいから」

 私のクローゼットに普通の服は存在しない。それはもう、ドレスか運動服かの二極化となっている程。
 そもそも顔面偏差値高めの面子で集まるのだから、可能な限り目立たない格好で……という話になったのだが、前述の通り私は目立たない格好もとい普通の服を持っていない。
 最近成長期なのか、どんどんゲームで見たアミレスの姿に近づいていってて、昔着ていた服なんかはもう七割着れなくなってしまった。
 なので、丁度いいから皆に服を選んで貰おうと思ったのである。
 我ながらいい案だ。
 これなら、二人も祭りを見て回ってくれるだろう。少しでも仕事ばかりの二人の息抜きになればいいんだけど。
 休暇を与えても何故か仕事をするから、もはやこういう形でしか彼等に休息を与える事が出来ない。そんな力不足な自分が恥ずかしい限りだが。

「──王女殿下の服を、私達が……!?」
「俺達の趣味嗜好で選んでも宜しいのですか?」
「ええ。後で代金も払うし、貴方達の感性に任せるわ」

 と、二人にフリードルとの視察中での別行動を命じていると、

「つまり、アミレスにオレサマ好みの服を合法的に着せる絶好の機会って事だな。よし、その話乗った!」
「おい黙れシュヴァルツ。変な妄想もするな、変な行動も起こすな、変な言葉を発するな。アミィに変な物押し付けたら殺す」
「アァン? 頭から爪先まで自分好みのドレスやらアクセサリーやらを贈りつけてた奴に言われたかねェよ」

 何故かシルフとシュヴァルツまでこの話に乗り気になってしまったらしい。
 こうして。どこか楽しそうなケイリオルさんに見守られつつ、私はフリードルと祭りの視察をする予定を、彼等はコーディネートバトルの予定を冬染祭初日に刻む事となったのだった……。


♢♢♢♢


 そして迎えた冬染祭初日。
 比較的地味めなドレスを着て、今日は朝から冷え込んでいるので上からシンプルなモコモコケープを羽織り、時間より十五分程早く集合場所に行くとそこには既にフリードルが立っていた。
 彼はゲームでも見た私服を着ていた。皇族らしくきっちりとしていながら、どこか彼らしくないカジュアルさや清楚さを感じる私服。
 我が兄ながら、眼鏡とマフラーがやけに似合う。
 その腰にはソードベルトと黒い魔剣、極夜が。護衛がいない分、自衛手段はしっかり用意しているらしい。
 私が到着するなり、フリードルは見慣れた魔法薬を手渡してきて「飲め。黒髪に変わるよう念じながらな」とぶっきらぼうに言い捨てた。

 大人しく言う事を聞き、変装を終え、視察中の設定やら前提やらの打ち合わせを完了してから街に出た。
 帝都は、屋台がずらりと並び大通りも路地も人で溢れかえっている。
 歩くのが早いフリードルは、こちらに目もくれずぐんぐんと人混みの中を突き進んでいく。
 本当に視察してるの? と不安になりつつも、この人混みではぐれないようにとフリードルの後を頑張って追いかけていたら、ようやく彼はこちらに気がついたのか慌てて踵を返した。

「お前は、歩くのが遅いんだな」

 私の顔を見るなり失礼な事を言ってきたかと思えば、

「……僕の服の裾でも掴んでおけ。そうすれば、はぐれる事はないだろう」

 気が利いているのかどうか怪しい事を言ってのける。
 フリードルという人間が、分からなくなってきた。

「ですがそれだと兄様の服が伸びてしまいますよ」
「その程度の事をわざわざ僕が気に留めるとでも? とにかく……はぐれてしまっても困るだけだ、いいから裾を掴んでおけ。服を気にするなら手でも握るか?」
「服の、裾を……掴ませてもらいます」

 人々の賑わいや雑踏でかき消されそうな音量の会話。それでも何故かフリードルの声が聞こえるのは、彼がいつの間にか歩幅を合わせてくれていたからだろう。
 私達はまるで本当の兄妹のように二人で並んで歩いていた。その事がどこかむず痒くて、フリードルから顔を逸らして彼の隣を歩いていた。
 そして、冒頭に戻る。
 祭りだと言うのに浮かない顔の私を見て、フリードルは突然何が欲しいかなどと聞いてきた。
 なんだろう、ご機嫌取りか何か?
 一体何を企んでいるのか分からない。怪しすぎて何も受け取りたくない。

「……何だ、その怪訝な目は。これはあくまでも仕事だから、給金代わりにお前が欲しいものを買い与えようとしているだけなんだが」

 給金代わり、って……タダ働きさせられるとばかりに思ってたけど、ちゃんと時間外手当という名の物資を貰えるのね。
 これは棚からぼたもちだわ。

「そういう事でしたら、ありがたくいただきます」

 相手が誰であれ、貰えるものは貰っておかないとね!

「その様子だと欲しいものがあるんだな。言え、僕が買ってやる」
「本当に何でも、いくつもねだっていいんですか?」
「妹に駄賃も与えられぬ甲斐性なしの兄と思われるのは不本意だからな」
「では、早速一つねだってもよろしいですか」
「構わない。好きなだけ欲しいものを言え」

 フリードルが何でも買ってくれるというので、私はここぞとばかりにねだってみる事にした。
 来た道を少し戻り、普段なら絶対入らないような可愛い系の雑貨屋にフリードルを連れて入る。可愛いものと若い女の子で溢れ返る店内に、フリードルの表情が強ばるのを私は見逃さなかった。
 多分、相当居心地が悪いだろうけど……何でも買うと言ったのは貴方の方なんだから、仕方無いと思うわ。我慢してちょうだい。
 こんな可愛い系の店、恥ずかしいから普段なら絶対に来られない。今日みたいに身内が誰一人としていないような時じゃないと、恥ずかしさのあまり近寄る事すら出来ない。

 だが、私は可愛いものが好きだ。
 可愛い人や可愛い生き物、物に至るまで実は可愛いものが好きだったりする。
 ちょっと恥ずかしいから昔から皆には内緒にしてきたのだけど……やっぱり、可愛いものがもう少し身の回りに欲しいと思っていたのだ。