「白夜、あなたはどんな姿でも私の一番の剣よ」

 我が愛剣を撫でながら語り掛け、剣の周りに水を舞わせる。これはシルフから貰ったたくさんの魔力と、師匠が作ってくれた精霊印の剣があるからこそ出来る芸当だった。
 やがて大量の水は白夜を覆うようにして固まり、私の身長より一回りも二回りも大きな水の大剣となった。
 だが水の刃を白夜と一時的に同化させたので、魔剣の能力──重量操作の影響下に入り、この見た目でありながら重さはあまり感じない。

「薙ぎ払えっ!!」

 全身を使って剣を一振りする。氷山や大地さえも浸食する水の刃は、瀕死の魔物達の体をいとも容易く真っ二つにした。
 中には、鋼のような鱗や固い体毛を所持しているのか刃が全く通っていない魔物もいたが、

「雷に耐性のある魔物が何種類かいるな……メイシア嬢、任せてもいいか?」
「分かりました。ではあちらの燃えてる魔物はマクベスタ様にお任せします。どうやらあの魔物の炎にわたしの魔力が弾かれて、爆破出来ないようでして」
「ああ、任された」

 そういった敵はマクベスタとメイシアが何とかしてくれた。
 二人にはこんな危ない所にいて欲しくないんだけど、きっと二人共私の言う事なんて聞いてくれない。だって、マクベスタもメイシアも……揃って頑固なところがあるから。

「本当に、精霊士になったのだな」
「え? ……ああ、シルフの事ですか。えぇそうですよ。彼と契約したお陰で、魔力量も増えて強くなりました。ただそれだけなので、兄様の権威を脅かすような事にはなりませんしご安心を」
「そのような事は特に気にしていない。ただ……戦えるからと言って下手に無理をされては、僕が困るんだ。だから、精霊士になったからと身の程知らずの無理をするな」

 フリードルはまるでこちらを心配するような事を言ってはそっぽを向いた。
 あれかな。いくら仲が悪いとは言えども、たった一人の妹を死なせた皇太子っていうのは民からの心象を悪くするからとかかな。
 昔から皇帝になるよう言われてきたからか、フリードルって案外そういうのを気にするんだよね。ゲームでも似たような事を言ってたわ。

「もし兄様に死ねと言われても大人しく死ぬつもりはないですよ。私、死にたくはないので」

 フリードルの背中に向けて言葉を投げる。だがあの男は一切反応を見せる様子がない。
 私の声など無視して、フリードルは一歩踏みしめるごとに地面を凍結させ進んで行く。
 その手に持つのは青い宝石が輝く黒い長剣(ロングソード)、極夜。私の白夜の名付け元でもある、フォーロイト帝国の王城地下にて封印されていた絶対零度の魔剣。
 かつてこの世界で一番最初に氷の魔力を得た人間が、息をするだけで周囲のありとあらゆる生命を凍結に追い込んでしまうその魔力を剣に封じ込め、自ら魔力の弱体化を図った事が切っ掛けで生まれた魔剣。

 真海の王者深淵海蛇(リヴァイアタン)の瞳を宝の魔力所持者に宝石に変えさせ、それを強大な氷の魔力を封じ込める依代とし、剣に嵌め込んだ。
 長きに渡り氷の国で封印され続けていた影響で魔剣へと変質したかなり特殊な魔剣。その固有能力でもある絶対零度は、確かにご先祖さまが封印しなければ……と思うような威力なのである。
 なんと、一薙ぎで辺り一面を永久凍土に変える事すらも可能な程。
 以前王城の大書庫の禁書区画でこれにまつわる文献を読んだ時、まさかの事実に目玉が飛び出そうになった。
 それ程に強力な魔力を封じ込めたにも関わらず、今の今まで氷の血筋(フォーロイト)は潰えず寧ろその強さはここ数代で磨きがかかってしまっている。
 本当になんなんだこの血筋は。私も、一応その一員ではあるのだけど。

 そんな血筋に生まれ、絶対零度の魔剣を手に入れたとしても……フリードルとてただの人間である事に変わりはない。
 ゲームでもルートによっては死んでしまう事だってあった。それを思い出し、淡々と戦いに身を投じるフリードルの背中を見て心臓がキュッと締め付けられる。

「……──兄様も、死なないで下さいよ。絶対に」

 心の奥底から浮上した、小さな思い。
 それは滴る雫のようにぽつりと地面に落とされ、魔物達の雄叫びや剣戟に飲まれて消えていった。


♢♢


「ルティ、兵士の避難は完了した。結界の方はどうだ」
「いつでも張れるよ。もう中に入る人がいないのなら、とりあえず強力な結界を張るけど」
「恐らくもう大丈夫だろう、とにかく結界を張ってくれ。でなければ、私達はいつまで経っても王女殿下の元に行けないだろう」
「それもそうだ。さっさと張っておこう」

 そう言って、ルティは闇の魔力で臨時拠点を覆うように結界を張った。
 どうやらそれは出入り不可能な結界らしく、結界が張られたそばから中にいる人間達の困惑が聞こえてきた。
 そうやって簡単に結界を張ってみせたルティに、少しばかりの羨望と嫉妬を抱く。
 ディジェル領での一件以降……私には出来ないそれをいくつも出来るこの男が、酷く羨ましくて同時に酷く妬ましいと思うようになってきた。
 王女殿下に頼りにされる事が羨ましい。その多才さや器用さが羨ましい。だからこそ、この執事が妬ましい。

 公式的に叙任を受けたからなんだ。王女殿下に救われたからなんだ。希少な闇の魔力がなんだ。
 私だって、幼い頃に王女殿下に生きる意味をいただき、その時から何年も何年も王女殿下を思い生きてきた。
 非公式の叙任式だが、王女殿下に認められ王女殿下の騎士となる事を許されたのに変わりはない。
 闇の魔力のような希少な魔力は持たないが、私にだって対人戦で役に立つ魔力はある。
 お前よりも私の方が王女殿下の事を強く考えているし、お前よりも私の方が王女殿下のお役に立てるし、お前よりも私の方が強い。
 それを、この戦いで証明してやる。

「ねえ、騎士君。数日前に言ってたアレ──どっちがより多く魔物を殺せるか、だっけ? せっかくだから()ろうよ。今も頑張ってる主君の負担を減らす為に」

 私の心でも読んだのか、ルティが気の利いた提案をして来た。

「お前が言わなければ私が言っていたところだ、喜んで受けて立とう。私が勝つがな」
「俺だって君に負けるつもりはないよ。そのいけ好かない鼻を明かしてやる」

 ルティは随分と鼻持ちならない表情を作り、一足先に走り出した。
 置いていかれまいと、風の魔力で翼を作り羽ばたかせる。
 王女殿下はきっと大丈夫だ。今のあの御方の傍にはマクベスタ王子とシャンパージュ嬢とシルフ様がいる。
 皇太子殿下の事が少し気がかりだが……このような状況下で、王女殿下程の圧倒的な戦力を失う悪手をあの皇太子殿下がとる筈がない。
 それに、もしもの事があってもシルフ様がいて下さる。
 叶うなら私も王女殿下のお傍にいたいが、今はそうも言ってられない。私は、王女殿下の命令に従い───帝都を守るべく尽力するのみだ。