「っう、ぁ……!」

 子供はまた滝のように涙を流し、その場で膝をついた。涙を拭う手の隙間からは、お門違いな復讐に燃える瞳がこちらを鋭く睨んでいて。
 うーん、これは後が面倒臭そうですね〜〜。

「ああそうだ。君の犯した愚行の方ですが──……」

 子供に向け、語りかける。

(わたし)、潔癖症なんですよね。だから、実を言うと他人に素手で触れる事も、他人に服を触られる事すらも嫌で嫌で仕方無いんです」

 立ち上がって剣を抜いて構えると、子供は目を点にして固まった。手入れだけはかかさず行っていた為、無駄によく煌めく愛剣の刀身に、子供の絶望に満ちた表情が反射していた。

「そうですねぇ……後に復讐だのなんだの騒がれて、厄介事を増やされても困りますし。やっぱり一族郎党全てここで殺しておきましょう。ふふ、君の所為ですよ? 今はあまり時間が無いからと、罪人の首だけで勘弁してやったのに……君が(わたし)に触ったから。君が(わたし)に余計な復讐心を見せたから」

 そして構えた剣を横に振り、

「君の家族は、全員死ぬんですよ」

 子供の首を落とした。
 首を斬った瞬間に体を蹴ってやれば、その際に吹き出す血もこちらには飛び散らなくて服が汚れずに済む。他人の血なんて、死んでも触れたくないですからねぇ。

「さーて。仕事が増えてしまったから早く片付けないと」

 こんな事もあろうかと、事前に罪人の血縁者と関係者全員に触れておきましたし……かなり疲れるけど魔眼の力があれば全員の居場所を突き止められる。
 透過の魔眼──それは、全て(・・)を視透かす眼。
 そんな事をすれば目が焼かれるように痛くなるし、頭だってぐちゃぐちゃになってしまうのだが……やろうと思えば、千里先まで視透かす事の出来る魔眼。
 故に。事前に捕捉(マーク)しておいた人間に関しては、その居場所すらも(わたし)の眼で視透かす事が出来る。
 とは言えども、千里を見渡すとなると相当な魔力を消費するし情報量の多さに精神に異常をきたしかねないから、かなりの魔力量と強靭な精神を持ち合わせてなければ、決して使えないのだけど。

「一族郎党って言ってしまったから、定年で故郷に帰った家臣なども殺しに行かないといけないのか。面倒ですね……」

 剣をくるくると回して手遊びする。
 おもむろに歩き出すと、先程の(わたし)と子供のやり取りを見ていたこの地の人々が怯えた表情でこちらを見つめてきた。

(無情の皇帝の側近でありながら民草にも目を向け寄り添ってくださるあのケイリオル卿が、こんな惨い事を)
(人の心がある御方と聞いていたが、やはり無情の皇帝の側近だから……)

 恐怖と、困惑と、混乱の入り交じった心。
 無情の皇帝、ねぇ。そんな肩書きで民は彼を呼ぶけれど、実際は違うのにな。まあ……彼がこれを望んだのだから、無辜の民は真実を知る事もなくそのまま一生を終えればいいと思うけど。
 しかし……人の心がある──か。
 まさかそんな事を思われる日が来るなんて。ケイリオルでなければまず有り得なかっただろうな。
 だって、(それ)は分からない事もないけれど……有無を問われれば、うん。そんな大それたもの、(わたし)には始めから無かったから──……。

 雑念を振り払い、(わたし)は仕事を全うする為に罪人の血縁者及び関係者の首を取りに行った。
 その結果、約二日で領地内にいた血縁者と関係者は全員殺せた。
 定期的に頭から下位万能薬(ジェネリック・ポーション)を浴びているとはいえ、やはり気分的には自身が汚く感じる。なので、とにかく湯浴みをしたい。
 ……さっさと帰るか。ひとまずは用事も済みましたし。

「それに──何か、嫌な予感がするんですよね」

 帝都の方角を見上げてボソリと零す。
 この嫌な予感が、(わたし)の思い違いであればいいのですが……。