「どうやら、帝都近郊に出現する魔物が増えてるらしくて。私も戦う事にしたの」
「お前がか? …………そうか。我がどう言っても、お前は決してその意思を曲げぬのじゃろう。ならば我から言う事など──……いや。一つ、あるか」

 小さな手のひらが、私のマントをぎゅっと掴んだ。

「どうか、息災であってくれ。我はもう大切な誰かが目の前で傷つく姿を見たくない。決して、お前に誰かを重ねて見ている訳ではなく…………我がお前に傷ついて欲しくないと、心からそう願っておるだけじゃ」

 ナトラがあまりにも切なげな表情をするものだから。
 私の膝はいつの間にか曲げられていて、気がつけばこの手はナトラの頭の上に置かれていた。

「ふふ、心配してくれてありがとう。皆に心配かけたくないから、怪我しないように気をつけるね」
「本当に気をつけるのじゃな?」

 敵の攻撃を受ける前に全て殺してしまえば、怪我だってしないよね?
 魔物達には悪いけど、皆に心配をかける訳にはいかないし……そもそも、その存在の所為で世界各地で大小様々な被害が出ている。
 ならば、全て殺してしまってもいいわよね? 
 あちらも生きる為にやっている事なんだろうけど、そんなの私からすればどうでもいい話。
 私は私らしく──他者の一生も尊厳も全て踏み躙って、その命と心を氷のように砕いていくだけだ。

「ねぇ、おねぇちゃんが魔物共の相手をしに行くって本当なの? そんなの他の奴等に任せておけばいいじゃん。おねぇちゃんが薄氷を踏む必要ある?」
「……君はナトラのお気に入りだから、下手に死なれると僕が困るんだけど」

 シュヴァルツとクロノまで、わざわざ喧嘩を中断してまでこちらに駆け寄って来た。
 何故か私が戦う事に不満を零す彼等に、何と返したものかと悩んでいた時。後ろから誰かに抱き締められて。
 その時視界の端でキラキラと輝き目を引く綺麗な髪と、ふわりと漂う不思議な香りから、それが誰かはすぐに分かった。

「シルフ、用事は済んだの?」
「うん。部下への仕事の割り振りは済んだから、これで、何か用事でも無い限り基本的にはアミィの傍にいられるよ」

 ふふふ。と上機嫌に笑うシルフを見て、緊張感が少し解れる。

「そっか。でもごめんね、私今からちょっと戦いに行ってくるから。シルフ達は暫くお留守番しててくれるかな」
「あれ、アミィってばこの前のボク達の話を何も理解してない?」
「えっ?」

 気配的には師匠もいるみたいだったので、二人いる前提で話を進めたところ、どうやらビンゴだったらしい。
 少し離れた所から、師匠の声も聞こえて来た。

「基本的には何も出来ませんが……俺達だって姫さんを守る盾ぐらいにはなれますよ。だからせめて傍に置いて下さいな」
「そうそう。エンヴィーの言う通りだよ。ボク達には、この戦いをどうにかする事もましてや介入する事も難しい。だけど、飛んで来た火の粉からアミィを守る事ぐらいならボク達にだって出来る」

 だから、とシルフと師匠はその綺麗な声とかっこいい声を重ねた。

「どうか、一人で抱え込まないで。何でもいい……ボク達を頼っておくれ」
「俺達を──姫さんを心配する奴等の事を、少しぐらい信じてくれませんか?」

 その言葉を聞き、周りを見渡すと……皆がこちらをじっと見ていて、目が合うと小さく頷いた。
 まるで、シルフ達の言葉に同意するかのように。
 誰にも怪我をして欲しくないと私が思うように、皆だって私に怪我をして欲しくないと思うらしい。
 どこかむず痒い気持ちになりながらも、私は皆の優しさに甘えてしまった。

「……──皆、お願い。どうか私と一緒に戦って欲しいの」

 そう告げると。
 どうしてか、皆が嬉しそうに笑った。