「ひーめさんっ、どーもお久しぶりです」

 どこからともなく現れた赤髪の美青年に、周囲の招待客達は色めき立つ。
 腰下まで伸びる赤い三つ編み。甘いマスクに高い身長。その鍛え上げられた体を包む中華衣裳が彼の纏う空気を更に神秘的なものへと押し上げていて。
 エンヴィーはにんまりと笑い、後ろからアミレスを抱き締めた。その瞬間、辺りからは黄色い悲鳴と戸惑いの声が同時に沸き上がる。

「あー……久々の姫さん癒されるわぁ……」
「師匠、あの、ここパーティー会場なんですけど」
「え? ああ大丈夫ですよ、勿論知っての上で出てきたんで」
「ど、どういうこと……?」

 人目も憚らずにアミレスを腕の中に閉じ込めて、久々の愛弟子を堪能するエンヴィー。
 彼の含みのある言い方にアミレスはごくりと固唾を呑む。そして、おもむろにアミレスから離れたエンヴィーは一度深呼吸をして、

「──暫しの間この身を癒すべく暇を頂戴させていただいた事、改めて感謝申し上げます」

 アミレスの前で華麗に跪いた。その表情も口調も、何もかもが普段のエンヴィーとは百八十度異なるものだった。

「え、えぇっ!?」
「精霊の身でありながら、主のお傍を離れるなど本来あってはならない事。にも関わらず我が身の不甲斐なさ故に暇をいただき、長らくお傍を離れてしまった事……ここに、謝罪させていただきたく存じ上げます」
「なに、ちょっ、え!?」
(──ちょっと何言ってるのこのヒト!? しかも思いっきり精霊って言ってなかった!?)

 全く身に覚えのない事を朗々と語るエンヴィーに、アミレスはかなり困惑を覚えていたのだが……その困惑を更に加速させるかのように、エンヴィーは更に続ける。

「ごめんなさい、傍を離れてしまって。これからは主が望むままに……俺達は(・・・)ずっと傍にいますから」

 ニコリと微笑み、エンヴィーはアミレスの手の甲に軽く口付けを落とした。するとその手の甲に星のような形をした、赤い煌めきが瞬いて。
 エンヴィーの言葉と、纏う神秘的な空気と、アミレスの手の甲で煌めく星の輝き。
 それらから、周囲の人間達は奇跡的にも考えを同じくした。

「……──王女殿下は、精霊士なのか?」

 誰かがポツリとそう零した。その瞬間、僅かにだがエンヴィーの口元が鋭く弧を描く。

「王女殿下の手にあるあの輝きはまさに噂に聞く精霊との契約の証! あの赤髪の美青年は精霊であり、王女殿下は形ある精霊と契約出来る程優秀な精霊士という事だ!」
「確かに、先程あの青年は突然現れた。彼が精霊だと言うならば、その現象にも説明がつく」
「そう言えばアミレス王女殿下は巷で氷結の聖女と呼ばれていたような……神の使いたる精霊を従える程の方だからこそ、聖女と呼ばれるようになったのではないか?」
「まさか帝国にこれ程優秀な精霊士が誕生していたとは! これから益々帝国は発展してゆく事でしょうな、はっはっはっ!」

 誰もが、アミレスを精霊士と思い込み口々に言葉を紡ぎ始めた。そのざわめきはあっという間に会場中に伝わり、二日もすればその噂は帝都中に広まる事だろう。
 渦中のアミレスの理解を待たずして。

(……よし、我が王からの指示はこなせたかね。これで、公の場でも俺や我が王が姫さんの傍にいてもなんらおかしくないだろう)

 ホッとしたように瞳を伏せて、エンヴィーは立ち上がった。その間も、アミレスの視線は光り輝く自身の手の甲に落とされていて。
 混乱が色濃く滲むその瞳を見たのか、

「こうした方が色々都合が良かったんです。後で詳しい事情を話しますので、今は適当に合わせてもらえると助かります」

 口元を隠して、エンヴィーはヒソヒソとアミレスに耳打ちした。
 何が何だか分からない状況だが、アミレスはひとまずエンヴィーの言う事に従い、彼の芝居に合わせる事に決める。

(よくわかんないけど、とりあえず師匠の言う通りにしておこう)

 エンヴィーとの本当の関係性などには一切触れないようにし、アミレスは貴族達からの質問攻めをのらりくらりと躱していく。
 パーティー終了までエンヴィーはアミレスの傍から離れず、周囲の視線を独占していた。まあ、どれ程彼が視線を集めようとも……エンヴィー自身の視線はずっと、主と彼が呼ぶアミレスへと向けられていたのだが。