「お前は何故出血しているんだ。ここで何があった、言え」
「……ちょっと、令嬢達と言い合いになって。どうしても怒りが抑えられず、拳を強く握っていたようですわ。決して、お兄様のお時間を無為に消費する程の事では──」

 出血する私の右手が気になったらしいフリードルが詰め寄って来るので、例の手を背中に隠して適当にはぐらかそうとしたのだが……。

「顔は覚えているか」
「え?」
「その令嬢達の顔を覚えているかと聞いている」
「……まあ、多少は」
「ならば後で僕の元に届いた見合い用の姿絵を見せてやる。そしてお前に楯突いた者達を教えろ」
「……何故?」

 何だ、何がしたいんだこの男は。皇族が言われっぱなしで終わるなって事? いやもう言い返したし、釘も刺したし。
 フリードルが何を考えているのか分からない。

「罰を与える為に決まってるだろう。どのような経緯であれ、皇族たるお前に楯突いた者達を罰も無く野放しにする訳にはいかない」
「はあ……成程?」
「それと、今すぐ僕の部屋に来い。まだ予備の下位万能薬(ジェネリック・ポーション)があった筈だ。それを使って傷を癒せ」
「なるほ……──え?」

 思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
 元々あんたの部屋に行く為にこんな所にまで足を運んだんだから、それ自体は別にいい。元々それが目的だ。
 予備の下位万能薬(ジェネリック・ポーション)で傷を癒せ? これ本当にフリードルの口から飛び出した言葉ですか??
 鳥肌が全身でスタンディングオーべーションするまで後五秒。そんな状況下で呆然とする私に、フリードルはどこか不満げな声を漏らした。

「何だ、その顔は。兄が妹を心配して何が悪い」

 え、え────────!?
 誰っ、本当に誰なのよこの男っ!! 怖い! やだ何この状況怖い!!

「王女殿下?」
「コワイ……豹変っぷりコワイ…………」

 鳥肌とか超えてつい逃げてしまった。イリオーデの背中に隠れ、フリードルの豹変っぷりに怯える。
 さっきの令嬢達もこんな気分だったんだろうか。うぅ、ごめんよ怖い思いさせて……っ!

「イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。妹を出せ」
「……王女殿下が皇太子殿下を怖いと仰ってますので、難しいかと」
「何? 怖いだと?」

 やめてイリオーデ! そんな命知らずな事しないで!! そこの冷血漢は邪魔だからって理由で実の妹を惨殺するような男なのよ?!

「…………何が怖いんだ。以前と比べて、お前に優しく接しているだろう」

 しかし。私達の予想を裏切り、拗ねたような表情でボソリとフリードルは呟いた。
 アルベルトは耳がいいのかその呟きが聞き取れたようで、「優しく……??」と本気で困惑しているようだった。でも凄い分かる。私だって今心から困惑しているもの。
 一体フリードルに何があったんだ。何がどうなって、フリードルがこんな殊勝な心がけを出来るようになったのか。
 分からない。分からないんだけど……もし本当に、フリードルが少しでも変わったのなら。憎まれ口ばかり叩いて、こうして逃げ回っていては駄目なんじゃないか。
 きっと、アミレスはそれを望んでいるだろうから。私の気持ち一つでアミレスの気持ちを蔑ろにしたくない。だから、頑張ろう。