アルベルトが私の体を引き寄せて、後ろから抱き締めるようにして私の動きを止めていた。そして、令嬢達と私との間に割って入るようにイリオーデが立った。
 突然の事に令嬢達が困惑のどよめきを上げる中、私は拳を握り締めて震わせていた。

「自分に都合が悪くなるとそうやって侍らせている男達に守らせて……いいですわね、王女様は。それだけでのうのうと生きていられるんだもの」
「……貴様、その汚らしい口で一体どれ程の侮辱を口にすれば気が済むんだ。王女殿下は貴様のような愚図が気軽に語っていい御方ではない。貴様は今、大罪を犯した事を理解しているのか?」
「わ、私は何も間違った事は言ってませんわ。その王女が男を侍らせているという点だけで私達を見下し、はしたなくも隣国の王子にまで色目を使い、実の母親を殺した事は全て事実でしょう!」

 ボス令嬢の言葉に、イリオーデからは強い殺気が漏れ出て、私を抱き締めるアルベルトの手には更に力が入った。
 この一触即発の空気の中、私はアルベルトに動きを止めてもらってよかったと心から思っていた。だってこうしておかなかったら、きっと。

「……──言いたい事はそれだけか」

 私は、あの令嬢を殺していたから。

「ッ!? い、今更なんですの……!?」

 冷えきった私の声に、令嬢達は肩を跳ねさせた。

(わたくし)の事は好きなだけ、好きなように謗るがいい。お前達如きが(わたくし)を悪し様に語ろうとも、(わたくし)にとっては虫が喚いているだけに過ぎない。わざわざ諌める必要性すら感じない、取るに足らない些事よ」

 頭に血が上る。爪が食い込み、震える手からは血が滲んでいた。

「だが、(わたくし)の友人を謗る事だけは許さない。お前達のような凡夫如きでは到底及ばないような、素晴らしい者達を……(わたくし)のかけがえのない友人を、何も知らぬお前達が知ったように語る事だけは絶対に許してなるものか!!」

 マクベスタとメイシアまで悪く言った令嬢達への怒りが溢れ出す。憤怒と殺意が抑えられず、もはや笑顔を取り繕う事すらも出来ない。
 そんな私の顔を見た令嬢達が「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げて腰を抜かし、後ずさる。その様子は、無情の皇帝への反応そのものだった。
 私はそれ程に怖い顔をしているのだろう。戦いなんてものとは無縁のお淑やかな令嬢達ですら感じ取れる程の、強い殺意や怒りを放っているのだろう。
 私は──……私の大事な友達を貶したこの女を、どうしても許せそうにない。

「叶うならば今すぐにでもその無駄に華美なドレスを八つ裂きにし、友人を貶した愚かな口を我が剣で貫いてやりたい。だが、(わたくし)は王女だ。例え(わたくし)が、お前達が言うような野蛮で恥辱に塗れた存在であろうとも、(わたくし)がこの国の王女であり、お前達を導き守らなければならない立場である事に変わりはない」

 血が滲む手を開き、アルベルトの腕を軽く叩く。彼が私を抱き締める手を緩めてくれたので、私はゆっくりとボス令嬢の目と鼻の先まで歩を進める。
 明らかに怒っている私が、手から血を流しながらじわじわ近寄るものだから……ボス令嬢は一気に顔を青くして、膝をガクガクと震えさせて尻もちをついた。
 さっきまでの威勢は何だったのか。今やボス令嬢達は化け物を見るかのような目でこちらを見上げてくる。
 それを冷たく見下ろし、更に続ける。

「だから一度は見逃してやる。だが、二度は無い。もし次、我が耳に届く場にて(わたくし)の友人を謗るような真似をすれば……(わたくし)はどんな手段を用いてでも、必ずやその愚行を後悔させてやる。いいな?」
「はっ……はぃ……!」
「ならば疾く失せろ。お前達如きが、まだ(わたくし)の貴重な時間を奪うというのか」
「ももっ、も、申し訳ございませんでした!!」

 涙目になりながら、悪役令嬢っぽい集団は足腰が抜けたまま無様な姿で逃げ出した。
 馬鹿ね、後先考えないからこうなるのよ。

「……ああ、貴女達も早く帰りなさいな。ここに居座ってもお兄様の迷惑となるだけ。時間の無駄よ」

 フォーロイトの圧を至近距離で受けた事により、令嬢達はほとんど放心状態。そんな彼女達に向けて、少しでも柔らかく優しく伝えたつもりなんだけど……令嬢達は怯えた顔で身を寄せ合っている。
 そんな心の弱さでよくあのフリードルの嫁になろうと思えたわね。この程度耐えられなきゃ、あいつの嫁なんてやってられないわよ。
 まだ震えたままの彼女達を置いてこの場を去るのも流石に無責任かと思い、どう行動するか考えあぐねていたのだが、

「何やら騒ぎが起きているようだから来てみれば……このような所で何をしているんだ、アミレス・ヘル・フォーロイト」

 ここでまさかのフリードル登場。どこか疲労の残る顔で現れたその男を見て、腰の抜けていた令嬢達は体に鞭を打って慌てて立ち上がり、恭しく頭を垂れた。
 しかしフリードルは令嬢達に目もくれず、一目散に私の目の前にまでやって来て。