「はぁ。二人共、相手はご令嬢よ。その手を止めなさい」
「……はっ」
「……仰せのままに」

 令嬢達が私を無視して二人に群がるものだから、主至上主義過激派の本人達はこれが鼻についたようで。イリオーデは腰の愛剣に手をかけ、アルベルトはいつでも袖から短剣を取り出せるよう微かに構えていた。
 背後での出来事だったが、気配で何となくそれを察知したので二人を制止する。少し不服そうな声音で、彼等は武器にかけた手を下ろした。
 このやり取りを不審に思った令嬢達が、邪魔するなよとばかりにギロリと視線を向けて来る。それに私は、仕方無く笑顔で応対した。

「ごきげんよう、皆様。せっかくお会い出来たのに誰も挨拶してくださらなくて……(わたくし)、とても悲しいですわ」

 我が演技力が迫真の傷ついた表情を作り出す。
 社交界のマナーでは、目上の者に声をかけてはならない事になっているものの、ここは正式な社交界ではない。ただの日常生活においては、目上の者に対して礼儀を尽くす事が普通に常識なのである。
 それなのに、彼女達は私を無視して二人に群がった。つまり彼女達はかなり非常識な行動を取ったのだ。それに気づいた令嬢達は慌てて腰を曲げ、「ご、ご機嫌麗しゅうございます、王女殿下」と適当な挨拶を述べてくれた。
 挨拶云々については多目に見てやろう。その代わり、さっさと退いて欲しい。そう言った旨の言葉を告げようとしたのだが、

「王女殿下は相変わらずいいご身分ですわね。そうやって見目の麗しい男性を侍らせ、まだ良い縁の無い私達に見せつけてさぞ気分がいい事でしょう。噂ですとマクベスタ・オセロマイト王子ともたいへん仲がよろしいとか? 氷結の聖女と呼ばれる程の御方が、なんとはしたないのでしょう」

 ここで思いもよらぬ事態に発展した。
 いかにも悪役令嬢って感じのボス令嬢が、取り巻きっぽいのを従えて私の前に歩み寄って来た。彼女達はボス令嬢の言葉にクスクスと笑って同調し、この私を真正面から馬鹿にしているらしい。
 何これ面白い〜! こんな勇気ある人今までいなかったから超新鮮だわ! 今までずっと社交界ではこんな風に言われてたんだろうなあ、陰口しか叩けない連中の中にもこんな子がいたなんて。
 そんな風に私はこれを楽しもうとしていたのだが、後ろの二人が怖い。ステイ、番犬達よ、ステイ。

「あら、何も言い返せないのですか? 聖女だのと持て囃され、シャンパージュの魔女を従えていい気になっているようですけれど、やっぱり貴女自身は何も出来ないのですね。ああ、シャンパージュの魔女と言えば……御二方とも母親殺しの化け物同士で、とてもお似合いと思いますわ」

 令嬢達がキャハハハ! と笑う。
 楽しもうと思っていたのだが、ところがどっこい。こんなにも早く、ぷつんと何かが私の中で切れたような気がした。
 イリオーデもアルベルトも、私が貶されたからか今度こそ本気で剣を抜こうとしていた。だけど、私はそれを制止する余裕が無かった。

「──イリオーデ、ルティ。お願い、私を止めて(・・・・・)

 震える声で呟くと、二人は困惑しながらも行動に出た。