『そう言えば、あの件はどうするつもりなんだ?』

 あの件って? 
 そう反射的に返事すると、カイルは呆れたようにはぁ。とため息をついた。

『婚約者の件だよ。キールステン兄さんから言われていただろう』

 あー……あれかあ。
 最悪のタイミングで最悪な事を思い出させてくるカイル。多分、コイツに悪気は無いんだろうけどな。
 実は以前、兄貴から俺に婚約の申し込みが来てると聞いた。無能な貧乏王子と言われる俺だが、見た目はこの通り、カイル・ディ・ハミルの顔だ。
 それ故に、俺の王族の血とこの容姿目当ての婚約の申し込み自体は昔からあって、その全てを断ってきたのだが……今回は少しばかり訳が違った。

『まさか、タランテシア帝国の姫君との婚約話だなんて。そのような女性と会った記憶はないんだが』

 えぇ……? カイルですら会った事ないとかマジぃ?

『ああ。特にこれといって、記憶も心当たりも無いな……』

 はぁ、と二人でため息を零す。
 俺に婚約を申し入れて来たのは一度も会った事の無いタランテシア帝国の姫君──……レイリィーシュト・オズファルス・ロン・ドロテアという人らしい。
 ちなみに、当然だが俺も全く心当たりはない。
 いつもなら俺が嫌と言うだけで婚約の申し入れなんかは無視出来るのだが、今回は厄介な事に白の山脈を挟んだ大陸南部の大国の姫君……それもそこの現皇帝に溺愛されていると噂の美姫ときた。

 何この厄ネタめっっっっちゃ断りずれぇ。
 タランテシア帝国と言えば獣人や亜人の国で、その軍事力ではあのフォーロイト帝国にも負けずとも劣らずなものと聞く。ファンタジー世界でもかなり特殊な中華系文化の国らしく、いつか観光してみたいなーと思っていた国の一つだ。
 って話が逸れた。とにかく、フォーロイト帝国との戦争ですら負けっぱなしのうちの国が、フォーロイト帝国と匹敵する戦力のタランテシア帝国からの婚約を下手に蹴ると、報復で戦争をけしかけられる恐れもある。
 何せ、相手は現皇帝に溺愛されている美姫らしいからな! なんでそんな奴が俺に婚約を申し入れてきたのか知らねぇが、下手に断ると何されるか分かんねぇ。
 もうやだ最悪! 俺には婚約も結婚もその他諸々も絶対無理なのに!!

『……戦争を起こされる可能性がある以上、断る訳にはいかない。こうなれば、先方から婚約を無かった事にしてもらうしかないな』

 だよなぁ……でもそんな方法ある?

『うーむ。不名誉ではあるが、精神的問題で不能だと言っておけばいいのでは? 婚約する以上相手はその先まで見据えているだろうし、子作りが出来ないとなると流石に考え直すだろう』

 はは、不能か。そりゃいい、それが一番平和かねぇ。実際問題、俺女相手じゃもう勃たねぇと思うしな。

『かと言って、男相手でも反応する訳ではないからな』

 もう自然に任せるしかないんだよな、俺の息子の事は。

『息子? …………ああ、そういう事か。ニホン人の言葉は、ややこしい言い回しが多いな』

 婚約者問題について話し合い、結論としては向こうから婚約話を無かった事にしてもらおう。という方向性で話は固まった。
 何はともあれ返信しない事には話は進まない。
 手紙にはこの旨とダメ押しの女性恐怖症(やや嘘)を記載し、この精神的問題は二度と癒える事はないと念押しした上で、『そんな俺に、夫婦の義務は果たせないでしょう。それでも俺と婚約したいと仰るのですか?』と考え直すよう暗に諭す内容をしたためた。
 後はこれであちらさんが考え直してくれる事を期待するのみ。

『婚約破棄、されるといいな』

 いやほんとに……されるといいなぁ。

 乙女ゲーム内キャラに転生する話ではテンプレと化す婚約破棄。それをまさか、俺が望む立場になろうとは。
 こんな遠方の国の貧乏王子相手にわざわざ婚約を申し込んで来るような女と婚約なんてしたら、俺、あまりのストレスで自殺とかしかねないしなぁ。
 良くて全力体調不良、悪くて自殺すると思う。婚約者って存在が出来てそれと強制的に関わる想像をしただけで、この悪寒。もう絶対無理だこれ、本当に駄目なやつ。
 女性恐怖症ではないが、極度の女嫌いを思い出して忘れられなくなった今、婚約者なんて存在は地雷でしかない。

「……──はぁ。気持ちを落ち着かせる為に、兄貴の手伝いしに行こ」

 おもむろに立ち上がり、仮眠でボサボサの頭を適当に整えてから、兄貴の元へと瞬間転移する。
 こんな事になるのなら……仮眠なんてとらなきゃよかったな。