だから嫌なんだよ、体動かすのって。
 それなのに前世よりも運動必須みたいな立場になってしまった。剣に弓に魔法に体術に馬術に……本当に色々学んだ。
 そのお陰か、同世代の男と比べても体は鍛えてる方だし、神に愛されたチートオブチートという設定故か身体能力は明らかに神がかっている。
 更に俺が瞬間転移を使える事は知られているので、力仕事要員としては確かに向いている。だけど、だからって──……俺はどっちかっていうと、デスクワークのが得意なインドア派なのに!
 なので、慣れない力仕事をさせられて疲れを蓄積した俺の体は、いとも容易くベッドの悪魔に包み込まれたのだ。

 それから何時間経ったのかは知らないけど、俺は目覚める前に金縛りのようなものに遭っていた。
 体が重い。謎のカチャカチャと聞こえる音はなんだ、妖怪の牙の音とか? いやこの世界でそれはないか。
 まあまあ幼い頃から現実逃避の為に漫画を読み耽っていてオタクだった事もあり、前世では幼少期から妖怪だの幽霊だの(そと)なる神だのの存在を信じてやまなかったのだが……残念ながら俺には霊感はなかった。
 妖怪を見る目も、幽霊を祓う力も、神を降臨させるような儀式をする能力もなかった。
 そんな俺からすれば、こういう霊的現象はかなり楽しいのだが……これほんとに金縛り?なんか悪寒もするからやっぱそうなんかな。

 なんだか少し楽しくなってきた。
 昔考えた必殺の除霊術とか、そういうのが役に立つ日が本当に来たというのか! いいな、やっぱ楽しいぜファンタジー世界!!

「……──って、あれ……なんか普通に目ぇ覚めたし」

 楽しさのあまり、俺はどうやら開眼してしまったらしい。視界には見慣れた天井があった。
 金縛りではなかった……だと……ッ!?
 いやまて。金縛りとて視覚は機能するパターンが多いらしいし、まだ金縛りキャンセルをキャンセルする事は可能────、

「あっ、カイルさま起きちゃったのね。せっかく無防備に寝てたから、そのうちに既成事実を作ろうと思ったのに」

 ……どころの話じゃなくなった。
 その声を聞いて、先程までの金縛り擬きと謎の金属音の正体を知って。体中が芯から冷えきっていくのを感じた。
 全身で鳥肌が立ってしまう程の嫌悪感と、今すぐにでも目の前の人間を殺してしまいたい程の吐き気。
 俺が世界で一番嫌いな人種(もの)が、目の前に在った。

「──お前、今自分が何しようとしてたか分かってんのか」

 カイルって、こんな低い声出せたんだな。そう呑気に考える余裕は、すぐに消えてしまった。

「っ! だ、だって……アタシは昔からずっとカイルさまの事だけが好きだったから……カイルさまに婚約者が出来るかもって聞いて、それが嫌で、アタシのお腹にカイルさまの子供が宿れば婚約者の話も無くなるかなって思ったの!」

 俺の足の上に跨るカイルの妹(・・・・・)は、なんともまあたまげた事を言い出した。
 懐かしいなぁ、この感じ。
 吐き気が徐々にせり上がってくる。女というものへの生理的嫌悪を思い出させてくる。朧気に思い出しつつあった俺の前世を、その記憶(トラウマ)を甦らせる。
 ああ、本当に────反吐が出る。