「と、とりあえず……雪花宮大移動の件の続きなのですが。移動予定地は帝都郊外──ランディグランジュ領とハーヴィ領の境にある平原。あの一帯を整備して、街灯と共に除雪魔導具を設置する事で積雪が酷くならないようにし、妖精の水飲み場とも呼ばれる美しいシンラス湖を囲むように九つの宮殿を配置する予定です」

 ごほん、と咳払いをして舞踏会対策室の人間が例の件について続ける。聞けば聞く程めちゃくちゃなその計画に誰しも気が遠くなる中、フリードルが更に補足する。

「それらは雪花宮から名称を改める事になり、舞踏会の貴賓達の宿泊場所として使用された後は、ある行事の際に貴族達が宿泊する事を許される特別な場所となる事だろう」
「っ、我々にもあの雪花宮に泊まる機会が?!」
「あの絢爛豪華な雪花宮に!」
「なんと名誉な事か……」
「いやしかし、皇太子殿下は特別な場合に限るといった事も仰っていたような」
「ある行事、と仰りますと……?」

 側妃達の住まいであった美しき宮殿に泊まれると貴族達は一瞬喜んだものの、フリードルの勿体ぶるような言い方にすぐさま固唾を呑んだ。
 貴族達の視線を集め、フリードルはおもむろに口を開く。

「皇帝陛下が即位されてから二十年近く行われる事はなかった行事──……皇室主催の狩猟大会。それを来年度より復活させる事を皇帝陛下が決定された。その狩猟大会の参加者達の宿泊場所として、九つの宮殿を解放するそうだ」

 フリードルは淡々と語るが、これを聞いた貴族達の顔はみるみるうちに喜色に満ちてゆく。
 何を隠そう、この狩猟大会というのはフォーロイト帝国において年に一度行われていた伝統的な大会にして、平民達も大盛り上がりの祭り(・・)だった。
 約一週間に及ぶ長期間の狩りと、それに合わせて帝都で一週間行われる祭り、狩猟祭。そしてその最終日には最も良き成績を残した者に優勝賞品と『英傑』という称号を贈呈し、その者が主役となり讃えられるパーティーが王城にて開かれる。
 優勝者はその年の『英傑』として、一年間全国民より尊敬の眼差しを受ける事となる。

 そんな貴族も平民も愛する帝国の一大イベントがこの皇室主催の狩猟大会なのだが……大のパーティー嫌いで有名な現皇帝エリドルは、この狩猟大会の全て(※狩猟大会には皇室も全員強制参加なのである)が嫌で仕方なかったらしい。
 その為か、自身が即位してからは『ハミルディーヒ王国との戦後処理の為』と何かと理由をつけてはただの一度も開催して来なかったのだと、まことしやかに囁かれている。

 そんな皇帝が、ついに狩猟大会を開催すると言った。それはまさに、狩猟大会に焦がれていた国民達にとって青天の霹靂。
 特に三十歳以上の者が多いこの場において、彼等も参加した事が間違いなくあるであろう、あの狩猟大会が復活するという報せは──……

「やっ────」
『やったああああああああああああ!!!!』

 年甲斐もなく飛び跳ねて喜んでしまう程のものだった。

「ついに狩猟大会が復活するのか……っ」
「あの祭りが帰ってくるぞおおお!」
「なあ、当然狩りに出るよな?」
「当たり前だ。狩猟大会までに腕を慣らしておかねば」
「狩猟大会に憧れていた息子が喜ぶな」
「数十年ぶりの英傑は誰になるのだろうか」

 わくわくが抑えきれないのか、貴族達は興奮冷めやらぬまま口々に狩猟大会への期待を零す。
 そんな貴族達だったが、フリードルが「その為」と更に続けるように口を切ると、水を打ったようにその場は静まり返った。

「狩猟大会の開催には、雪花宮の移動が必要不可欠となった。これならば、どれ程難題に思える宮殿の移動とて……少しはやる気が起きるというものなのだろう?」

 もっとも、僕には分からない事なのだが。と言いたげな口調のフリードル。しかし今の貴族達にとってはそのような些細な事はどうでもよかった。
 大事なのは、雪花宮の移動と狩猟大会の開催がイコール関係で結びついた事。それは狩猟大会に焦がれていた帝国民にとって絶大なモチベーションとなる。