「アミレス、話は終わったかの? 兄上もだいぶ落ち着いて来たからそろそろ話し合いをしようぞ」

 すると、明後日の方を向いて固まる男性陣の間をくぐり抜け、ナトラが私の懐までやって来た。その肩はぐっしょりと濡れていて、黒の竜がかなり泣いていた事が見て取れる。
 そんなナトラの後方──少し離れた所では、黒の竜が涙の跡が残るバツの悪そうな顔で立っていた。落ち着いたというのは本当らしい。

「それじゃあ、東宮に帰りましょうか。かき氷もまだ途中だったものね」
「はっ、そう言えば我、せっかくのかき氷を床に落としてしまったのじゃった……」
「あれぐらい、また作ればいいじゃないの。えっと、黒の竜……さん? もかき氷食べますか?」
「……何だ、それは」
「甘くてふわふわな氷のお菓子じゃよ、兄上。夏にしか食えぬのが難点な程、凄く美味いのじゃ」
「そうなんだ。緑がそう言うなら、きっと凄く美味しいんだろうね」

 黒の竜がナトラに向けて小さく微笑む。多分、黒の竜もかき氷を食べてくれるのだろう。しっかし、ナトラに対する表情と私に対する表情の温度差が凄いわね。グッピーが死ぬわよ、こんなの。
 閑話休題。それじゃあかき氷を食べてジュースでも飲みながら、腰を据えて話し合いといきますか。

「そういう事だから、東宮に戻ったら追加でかき氷を作ってくれるかしら、ルティ」
「は、お任せください。そして後でいっぱい褒めてください。頭を撫でてくださってもいいですよ」
「はいはい。魔人化の影響とやらね、分かったわ」

 アルベルトが実は普段からこんなに褒められたがっていたのだと知り、何だか微笑ましい気持ちになる。
 シュヴァルツに頼み、全員で東宮に転移する。元いた場所に戻ると、扉を蹴破ってセツが飛びついてきた。その勢いで尻もちをついてしまったのだが、心配するイリオーデ達にはひとまず「大丈夫よ」と伝えた。
 ぺろぺろと私の顔を舐め、まるで抱き締めるかのように前足を私の肩にかけてくる。きっと、セツの昼寝中にいなくなった私を心配してくれたのだろう。

 セツの体をわしゃわしゃとしつつ、かき氷の用意に向かったアルベルトの背を見送る。用意してと言ったのは私だけど、彼あの姿のままかき氷を作りに行ったわ。あの姿を見た侍女達がさぞ驚く事だろうな。
 というか、氷室の中にまだ氷って余ってるのかな……まあ、無かったら無いって言いに来るでしょう。
 なのでとりあえずお客様である黒の竜を長椅子(ソファ)に座らせて、私も向かいに腰掛ける。ナトラは黒の竜の隣で、シュヴァルツとマクベスタがそれぞれ私の両隣に座る。
 セツは私の膝の上。そして、イリオーデは長椅子(ソファ)の後ろで控えている。
 まだ紅茶等の用意もないので、ワンクッションに茶をしばく事も出来ないのだが……とりあえず、軽く切り出しておこう。

「ええと、黒の竜さん。あなたは人類を恨んでいて、当初の目的ではこの世界諸共人間を滅ぼそうとしていた……という事でよろしいでしょうか?」
「ああそうだ」
「でもナトラに諭されて、ひとまず思いとどまってくださったのですよね?」
「ああ……それより、先程から気になっていたんだけど、何だ、そのナトラという呼び方は」

 不機嫌そうな黒の竜がこちらを睨むと、彼の隣に座っていたナトラが食い気味に反応した。

「これはのぅ、アミレスが我にくれた名じゃ! 我等は色が名前じゃったから、こうして人間達のような名前を貰えて、我すっごく嬉しくての! 兄上も我の事はナトラと呼んでくれ!!」
「えっ? う、うん……分かった。ええと、ナトラ?」
「うむ! そうじゃ、兄上もせっかくなら名前をつけてもらうがよい。アミレスは聡いから、きっと良い名をくれる事じゃろう」
「名前…………」

 本当にナトラに弱いのか、黒の竜は態度をころりと変えてナトラの言う通りにしていた。だがここで、黒の竜がこちらを一瞥し、

「僕にも、そのようなものが一応ある……よ。僕の事をクロノって呼んでくる奴がいたから」

 ナトラの方を向いてボソリと零した。