「……特に跡などは無いようですね。よかった、王女殿下のご尊顔に傷が残るような事にならなくて」
「確かに、顔だとどうしても怪我って隠せないものね。どうせ怪我するなら胴体とか腕の方がいいわ」
「顔以外でも怪我なんてするな!」
「そうですよ。王女殿下の御身に傷があってはならないのです。なので怪我をなさらないようにして下さい」

 急にいきり立つマクベスタとイリオーデ。特にマクベスタの気迫が凄い。
 ──ハァッッッ!! だからさっき、マクベスタは突然腕の傷口を舐めたのか……古来から傷口は舐めて治すものと言われてるものね!
 先程のマクベスタの奇行の理由が分かり、爽快感を味わう事が出来た。そんな私の前後には変わらずマクベスタとイリオーデがいる。
 前門のイリオーデ、後門のマクベスタ。本当に彼等は過保護だなぁと思っていたら、まさかの第三勢力が登場した。

「主君、何で騎士君ばかり構うんですか? 俺じゃあ駄目なんですか? 俺ならいくらでも主君の手足になりますし、都合のいい男にだってなってみせます。だから俺だけを見てください、俺だけを構ってください!」

 横門のアルベルト、参戦。なんか瞳孔が四角? になってるし、頭から生えてる角が気になって気になって。
 その背に生えた蝙蝠のような羽や彼の黒髪も相まって、かなり悪魔っぽいわ。執事服の悪魔……心当たりがかなりあるような。
 それにしても、こんなにメンヘラっぽかったかしら、アルベルトって。

「そんな泣きそうな顔しないでよ、ルティ。貴方の事はとっても頼りにしてるし、別にイリオーデばかり構ってるという訳ではないわ」
「……本当ですか? 俺を一番可愛がって、俺を一番頼りにして、俺を一番構ってくれますか?」
「ふふっ、善処するわ」

 あまりにも彼が大型犬みたいで……つい、背伸びしてまでアルベルトの頭を撫でてしまった。するとアルベルトは、誕生日のケーキを前にした子供のように瞳を輝かせて、

「……──ありがとうございます、主君。でもまだ物足りないのでもっと構ってください」

 おおよそ成人男性がするものではない、乙女チックで熱っぽい笑顔を浮かべた。
 なんだろうこの乙女ゲームのような状況。
 今私の周りを、突然原因不明の人外化を果たした友達と部下二人が囲んでいる。それだけならまだよかったが、何せめちゃくちゃ近い。そういう儀式か何かなの? と思ってしまう程の近さである。
 アルベルトは頭を撫でれば撫でる程、猫のように満足気な面持ちとなる。それに比例するかのように、マクベスタの顔は険しくなりイリオーデからは無言の圧が放たれる。
 皆、もしかして撫でられたいのかな。これ撫でられ待ちの近さだったって事? 確かにこれぐらい近くないと私と彼等の身長差では頭を撫でられない。
 思い返せば……ナトラやシュヴァルツもよく頭を撫でろとせっついてくる。もしや、私の手には何か不思議な力があるのでは?
 ゴッドハンド疑惑のある空いた手をじっと見つめていると、忘れた頃に第四勢力が突撃してきた。

「お、ね、ぇ、ちゃーーーーんっ」
「ぐふぅっ……シュヴァルツ、頼むから、とりあえず飛びつくのはやめてくれない? いつも飛びつかれるからそろそろ骨が折れそうだわ」

 これぞ四面楚歌。美形のデス・スクエアに捕らわれた私は、シュヴァルツの突撃によって少し痛んだ背中を擦りながら、シュヴァルツに苦言を呈した。
 件の白い暴走列車は随分とまぁ純粋無垢な瞳でこちらを見上げてくる。なんの事? とばかりに首を傾げるんじゃない。

「あ、そうだ。シュヴァルツはマクベスタ達のこの異変について何か心当たりとかない? シュヴァルツって魔法とか色んな事に詳しいし、何か知ってたら教えて欲しいんだけど」

 気を取り直して、私は話題を変える。
 天使っぽいマクベスタと、顔が燃えてるイリオーデと、悪魔っぽいアルベルト。見た目だけでなく何だか中身まで変わってしまったこの異変が、気の所為で済ませられるものではない事ぐらい流石の私でも分かる。
 しかし原因は全く分からない。なので魔法について一家言あるシュヴァルツに何か助言をと、そう尋ねてみたところ。

「心当たりも何も、それぼくがやった事だからね」
「へぇ、そうなんだ──……って、えぇええ?!」
「そんな驚く事?」
「いやこれはどう考えても驚くでしょう!?」

 こんな事でそんなに驚かなくても。と言いたげに肩を上げ、ため息混じりに左右に小さく顔を振る。
 それは、何だか無性に腹が立つ仕草だった。