『──緑の竜よ。もし、汝が我々の言う事を聞くのであれば……我々は汝等を攻撃するのをやめよう』
『それ、は……本当か? 我がお前達の言う事を聞けば、兄上達を攻撃するのをやめる……のか』
『ああ! 勿論だとも! 我々が今ここで、汝を前に嘘をつく必要があるのか?』
『…………ならば、我は』

 人間共は緑の優しい心につけ込んだ。緑が僕達を思い、人間共に従うだなんて屈辱的な行為にも耐えようと誤った決意をした時だった。
 人間共の下卑た笑みと、背筋をなぞる嫌な予感。
 それにいち早く気づいた赤が、『ッ緑!!』と緑に体当たりした。そして、

『ぁあああああッ!!』

 赤の体を、無数のおぞましい槍が貫いた。

『あ、あに……うえ…………っ!?』

 人間共は緑を嵌めようとした。緑に甘い事を言って誘い出し、姑息な種族らしく対竜専用の呪いを作ってはそれを使い殺そうとしたのだ。
 しかもあの呪い、死んだらそれまでだが死ななければ人間共に隷属するように仕掛けられている。僕達がたかが人間共の呪いで死ぬ筈がない……つまり、人間共は初めから、隷属させた緑を人質にとって僕達を殺すか同様に隷属させようとしていたのだ。
 人間共は──僕達が緑の為ならば何だってすると分かっていたから!
 だがそれに気づいた赤が緑を庇って、代わりに呪いを受けた。
 その上で、赤は。

『……───兄貴。泣き虫な緑の事、頼んだぜ』

 自ら理性を放棄して、荒れ狂う竜へと変貌した。
 人間共に使役され、僕達の迷惑にならないようにと。赤は自ら……誇り高き竜として此処で死ぬ事を選んだ。

『グギャアアアアアアアアアアアアアアアォッッッ!!!!』

 初めて聞く咆哮だった。いつも騒がしくて元気で生意気な、僕の弟。ちょっと馬鹿だけどそこが可愛い、僕の大事な(おとうと)
 そんな君が、こんなにも怒りのままに叫ぶ姿……一万年の中で、初めて見た。

『なっ、何故だ!? 呪いは完璧だった筈! なのに何故、赤の竜は我々に隷属しないのだ!?』
『お、お逃げ下さいっ!!』
『赤の竜が理性を失ったぞ────ッ!!』
『災害だ……この世を滅ぼす災害が、解き放たれてしまった…………っ』

 僕達竜は、樹より与えられた姿と理性あってこそ成り立つ存在。そのどちらかだけでも欠けた時には、僕達は竜ではなくなってしまう。
 そうなってからは、命が尽きるその時まで……ただ荒れ狂い暴れ回る災害となる。

『ひっ、ひぃいいい!?』
『た、助けッ──』
『ぎゃああああああああああっっ!!』

 緑を嵌めようとした人間共が、荒れ狂う赤によって虫のように潰されていく。だがそれと同時に……赤の命が、手のひらからすくい上げた砂がこぼれ落ちるかのように、急速に失われていくのを僕は感じた。
 長兄だからだろうか。それとも同じ花から産まれたからだろうか。僕は、大事な弟がもうすぐ死ぬ事を直感で理解してしまった。

『白ッ! 緑を連れて逃げるんだ! どこだって構わない……誰の手も届かない、どこか遠くへ!!』

 赤の荒れ狂う姿を見て放心状態の緑を、このままここにいさせる訳にはいかない。だから白に、緑を連れて逃げるよう必死に伝えた。