僕は、五体の竜の長兄だった。
 とは言えども、僕達の産まれた時期はほとんど差がない。
 広大な大地の上で僕が初めに形を得て、その三日後とかに白が産まれた。そのまた七日後に赤と青がほぼ同時に産まれたのだが……唯一、緑だけが少し遅れて産まれたのだ。
 僕達は産まれたばかりだったから、等しく体が小さかった。中でも一際小さく、まだまともな形すら持たないか弱い存在……それが緑だった。
 いつ産まれるのかな。この子はどんな形になるんだろう。雄かな、雌かな。でもどんな子でもきっとすごく可愛いんだろうな。
 僕達は毎日その光を見守りながら過ごしていた。僕達がそれぞれ花弁(ひかり)の色と同じ鱗を持っていた事から、この子はきっと緑色なんだろうな。そんな事を話し合いながら、この子が形を得るその日を待っていた。

 僕達にも自我が芽生えて、あの樹から『ケンノウ』『コトバ』『シユー』『キョーダイ』という概念を教えられてからだいぶ経った頃。
 だいたい、赤と青が産まれてから月が六回ぐらい満ち欠けした頃だったかな。
 樹から与えられた枝が上手く馴染まないのか、緑は一向に形を得る様子がなかったのだが……その日、ついに緑が産まれたのだ。
 僕達の中で最も小さく愛らしい見た目だった。つぶらな瞳でこちらを見上げ、甘えてくる末っ子に……僕達はあっという間に虜になってしまった。

 ある時、あの樹が世界を管理する存在として神という権能を持つ存在を創った。だがまぁ、神々の権能よりも僕達がそれぞれ持つ権能の方がずっと強いのだけど。
 僕は"虚無(くろ)"の権能。白は"回帰(しろ)"の権能。赤は"灼熱(あか)"の権能。青は"天空(あお)"の権能。緑は"自然(みどり)"の権能。
 それぞれ、樹より形を得るにあたって実在性の保証にと与えられた力だ。ただ、うん。使うと世界に多大な影響を齎すので、使った事はほとんど無いが。

 その神々が産まれた影響か気がつけば世界には自然が溢れ返り、更には『ニンゲン』という存在を始めとして『セイレイ』『ヨウセイ』といった存在も産まれた。
 他にも、樹は僕達を(もと)として魔物という存在を創った。だがそれは僕達と比べてもかなり脆弱な存在。これが後に総じて魔族と呼ばれるようになり、その頂点に君臨する悪魔なる存在にこの僕が片腕を消される事になろうとは……この時の僕は考えもしなかった。

 人間が文明や社会を築き始めるようになるまでかなり時間がかかった気もするが、その頃には緑も成長し、僕達は人間のような姿に擬態出来るようになっていた。
 僕は黒い髪の男性体。白は純白の髪の女性体。赤は夕陽色の髪の青年体。青は深海色の髪の青年体。緑は翡翠色の髪の少女体。
 元々の竜の姿での大きさに影響されたのか、はたまた樹より与えられた雌雄がそうさせたのか。ほとんど同時に産まれたというのに、僕達は全長も体重もバラバラだった。
 ただ、竜の時も人間体の時もこの黄金の瞳は同じ。僕達がキョーダイである事を示す、美しい色だ。

『ありがとうございます、竜の皆様! お陰で今年も食べていけそうです!』
『黒の竜さまー! 青の竜さまー! ステキーっ!!』
『ありがとう! 白の竜様、緑の竜様!』

 人間達は、事ある毎に僕達に感謝を述べた。
 別に大した事はしていない。白がお節介を焼きたがるから、僕達はその手伝いをしていただけだ。

『いやぁ、それ程でも──って俺はぁ!?』
『赤には感謝する事が無いからでしょ?』
『んだとぉ〜〜!? 青テメェ、弟の癖に偉そうに!』
『実際青の方が偉いんだから、当たり前じゃない?』
『う〜〜〜っわ! なんだコイツ!!』

 赤と青がいつもの痴話喧嘩を繰り広げると、

『こらっ、赤、青! 人間達の前なんだからやめなさい!』
『いだっ! うぅ、ごめんなさい姉貴……』
『ごめんなさい、姉ちゃん……』

 白が拳骨を落としてその仲裁に入る。その様子を見て、

『わははは! 兄上達また怒られてるのじゃ!』

 緑が楽しそうに笑う。これが、僕達のいつもの光景。
 人型をとれるようになった僕達は、白や赤の強い希望もあって人間社会に紛れて暮らす事が増えた。
 僕達が竜種であると知った上で、その人間達は僕達を受け入れた。共存の道を選んでくれた。だからか、白も、赤も、青も、緑も……皆は毎日、とても楽しそうだった。

『なぁー、緑。なんでお前はいっつも『我』なんて可愛くない喋り方すんの? せっかくなら姉貴みたいに可愛い喋り方にしたらいいじゃん』
『赤と同じ意見なのは気に食わないけど、緑ちゃんは可愛いんだから。もっと可愛い言葉遣いの方がいいと思うよ、青も』
『おいなんで俺を一旦貶したんだ青テメェゴルァ』

 大陸の西側の広大な花畑の中で。赤が緑を懐に座らせて、緑と青が仲良く花冠を作っていた。
 僕と白はそれを少し離れた所から見ていたんだけど……僕達も気になる話題が挙げられていた。

『むむ……じゃが、我はこうでもせんと兄上達のような威厳ある竜として見て貰えぬではないか。我は兄上達よりも一回りも二回りも小さい。じゃから、せめて口調だけでも威厳ある、偉大な竜として振る舞わねばならんと思ったのじゃ!』

 むふーっ、と自信満々に胸を張る緑。それを見た僕達は、『可愛いな……』『やっぱり緑は可愛いですわね……』と真顔で話していた。

『流石は緑ちゃんだ! 偉いぞ〜〜〜っ!』
『兄上達の妹なのだから当然じゃ!』
『ハハッ、そりゃそーだ。俺達の可愛い妹は流石だなぁ!!』

 色とりどりの花畑の中で。笑い合い、じゃれあって平穏な時間を楽しむ最愛の弟妹達。僕は、それを見守る事が何よりも大好きだった。
 だから僕は、愛しい弟妹達との日々を守る為、僕達を受け入れてくれた人間達の頼みもあったから毎日のように戦った。
 他所で別の文明を築いた者達の侵略から人間達(かれら)を守った。魔界なる世界から侵略してくる異形の魔物達を屠った。
 全ては可愛い弟妹達の為に。これから先も君達の笑顔が見られるなら、僕は何でもよかった。どこでどんな風に暮らそうとも構わない。ただ……キョーダイ五体で一緒に笑って暮らせるのなら。
 君達と愛したこの世界で、君達が愛した人間達と共に。これからも平和に楽しく生きられるのなら、僕はそれでよかった。

 ────それなのに。人間は、僕達を裏切った。