「〜〜〜〜ッ!? ぐ、ぁ……っ!!」

 心臓に爪を立てられ、握り潰される寸前までを繰り返されるかのような激痛。それにより視界が歪み、その場で這い蹲る。
 隙間風のような寂しい音が喉から漏れ出て、顔中から全身の水分が冷や汗として滲み出る。
 いたい、いたい、いたい!
 叫びたくても、叫ぶ事さえ出来ない。黒の竜の前では、言葉一つ許されない。
 私の近くにいたからか、マクベスタ達までこの被害を受けているようだった。しかも彼等はナトラの威圧を受けた事が無い。有り体に言えば、耐性が無い。
 だからか地面に倒れ込み、藻掻き苦しんでいるようだ。

『ああ、そうか。分かった……緑は優しい子だから、自分を救った人間への情を捨てられないんだな。君を誑かし、唆した人間だというのに。緑はそんな人間でさえも見捨てられないのか。そういう所は、何年経っても変わらないね』
「何で兄上が我が目覚めた後の事を……?!」
『大丈夫だよ、緑。安心して欲しい。君を誑かした人間は、僕が始末するから。もう一度、人間に裏切られて悲しむ羽目になる前に今度こそ僕が守ってやる』

 その瞬間、黒の竜の殺意が牙を剥いた。
 まるで、引き伸ばされたコマフィルムを観ているかのようだった。ナトラとシュヴァルツが血相を変えて、こちらに駆けて来る。それと同時に、視界が暗くなっていくのだ。
 どうやら、黒の竜の巨大な鉤爪が私目掛けて振り下ろされているらしい。
 直撃したら間違いなく即死だろうな。そう思ったものの、不思議と焦りはしなかった。それどころか、今の私にはこのように色々と考える余裕すらあった。
 ふと、思ったのだ。創世神話では黒の竜と神々は同じ【世界樹】から産み落とされた存在。それ即ち──純血の竜種も、神と同じ(・・・・)って事じゃないの?
 ならば、話は早い。

『──ッ、何だこの氷は……!?』

 バキッ! という鋭い音と共に、黒の竜の困惑の声が聞こえてくる。

「アミレス……!」
「おねぇ、ちゃん……」

 ナトラとシュヴァルツの驚愕の声が聞こえてくる。
 私の持つ魔力の大半を消費したというのに、どうやらこの氷の壁は、竜の一撃でショートケーキのようにあっさりと崩れてしまったらしい。
 それでも、その一撃を耐えた事にこそ意味がある。
 力の入らない足に鞭を打ち、よろけながらも立ち上がる。人間が立ち上がった事に目を丸くする黒の竜を尻目に、私はニヤリと口角を上げた。

「最初からこうしてれば良かったんだ。竜種相手だと思うと怖いけど……神様相手なら、なーんにも怖くないわ」

 無理に相手の土俵で戦う必要はない。私は私らしく、自分の土俵で戦えばいいんだ。

『人間が……ッ! また、僕達に刃を向けるか!!』

 黒の竜は叫ぶように口を大きく開いた。
 その咆哮に、鼓膜が破れそうになる。頭が馬鹿になってしまいそうな耳鳴りが残る中、私は懸命に言い返した。

「だってあなた、どう考えても話し合いに応じてくれなさそうじゃない。この国もこの世界も滅ぼされたら困るのよ、私は。それに……他ならないあなたがナトラの意思を無視するような真似をするのが許せない。だから私はあなたと戦う。それであなたを負かして、話し合いに応じてもらうわ」

 どうか暴れないで欲しい。ここは矛を収めて欲しい、と……とにかく話し合ってこの件を片付けたいと思ったのだ。
 ついさっきまで呼吸すらも出来なかったのに、今の私はなんと黒の竜に向かってこんなにも流暢に言い返せている。やっぱり思い込みの力って偉大ね。

「──さあ。じっくりと戦い(話し)合いましょう、黒の竜」
『──緑を誑かした人間が……ッ!』

 怒りを露わにする黒の竜。それはまさに災害そのものだ。こんなものが思う存分暴れ回っては、この国もこの世界も滅んでしまうだろう。
 だから、何としてでも阻止しなくてはならない。時間が長引けば長引く程、元々皆無な私の勝ち目がもっと無くなるし、被害も出るだろうから──やはり、早期決着しかない!
 氷の血筋(フォーロイト)の人間らしく、感情を殺して命懸けで戦ってやろうじゃないの!!