「…………どうして、貴方達は自分を大事にしてくれないのよ。どれだけ私が皆を守ろうとしても、何で全然守られてくれないの?」

 どうしてか荒事に巻き込まれようとする皆への不満を呟く。すると、マクベスタがムッとした顔でこれに反応した。

「それはこちらの台詞だ。何でお前は自分を大事にしないんだ? どうしてオレ達にお前を守らせてくれないんだ?」
「自分を大事にしてないのは貴方達の方でしょ? 私は、皆に死んで欲しくなくて……皆に幸せになって欲しくて、いつも頑張ってるのに。どうして皆は、自ら危険を冒そうとするの?」
「それこそこちらの台詞だぞ、アミレス。オレ達だって、お前には死んで欲しくないと思っている。だからお前が一人で何でも抱え込もうとする度に首を突っ込むし、意地でもお前一人では戦わせないようにしているんだ。お前にだけは、死んで欲しくないから」

 マクベスタの真剣な瞳と、困惑する私の視線が交わる。

「……私に死んで欲しくないから、命を懸けるの? たった、それだけの事で? 何でそんな事をするの、皆の人生は皆のものなんだから、もっと有意義な使い方を…………」

 分からない。どうして皆がそんな事をするのか。
 知っているからこその責任も何も伴わない自分だけの人生で……そんな勿体ない事をするの? 下手したら死ぬような事を、どうして?
 私が皆の為に動くのは当然の事だ。だって私は『知っている』から。この先に起きる悲劇も悲運も全て知っているのに、何もしない訳にはいかない。
 未来を知る以上、私にはそれを何とかする義務や責任が生じてしまう。それが私の『お役目』なら、私は甘んじて受け入れよう。
 それがきっと私の望みに繋がると信じて。それが、最大多数の幸福に繋がると信じて。
 ……だからこそ分からないの。義務も責任も伴わない彼等が、他人の為に命を懸ける理由が。

 この発言がまずかったのだろうか。
 イリオーデも、アルベルトも、マクベスタも。皆が一様に顔を顰めた。やがてマクベスタが皮肉混じりの乾いた笑い声を上げて、

「くっ、はははっ……ああそうか、そうだな。お前はずっとそうだったな。自分を過小評価しすぎで、超がつく程の鈍感だ。そんなお前が、自覚してる訳ないよな」

 初めて見るような引き攣った笑顔を浮かべた。まるで酷く何かに傷ついているかのような、見てるこっちの胸が苦しくなるような笑顔だった。
 しかしそれも束の間。呆然とする私に向けて、今度は不自然なぐらいキラキラとした顔を作った。

「もう元には戻れないぐらい、たった一人の人間に人生を狂わされた気持ち……お前は分からなくて当然だったな。だってお前はずっと狂わせる側だったんだから」
「え、と……何のはな……し……っ!?」

 マクベスタがおもむろに私の隣に座り直し、彼は私の手を取った。何をするつもりなのかと訝しんだ瞬間、マクベスタは手の甲に口付けを落とした。

「察しのいいお前なら分かるだろう? オレは……オレ達は──お前に人生を狂わされたんだ。他でもないアミレス・ヘル・フォーロイトによって、オレ達の人生は後戻りなんて出来ないぐらい狂ったんだよ」

 果てしない闇を内包する瞳を熱く細め、マクベスタは背筋が凍るような笑みを浮かべていた。
 先程からコロコロと変わる彼の笑顔の全てが底知れないもので、怖くて……私は思わず言葉を失っていた。特に最後のこの笑顔。嫌な予感が胸騒ぎとなって襲ってくる。

「例えお前に自覚が無くとも、ひと一人の人生を狂わせた事に変わりない。だから責任とって(・・・・・)、最期までオレの命も人生も好きなように使ってくれよ。お前の為にこの命を使う事が、オレにとっての幸福なんだ」

 一体、目の前にいるこの男は誰なの? 私の知るマクベスタじゃない……ゲームで見た攻略対象の彼とも、これまで一緒に成長して来た初めての人間の友達とも違う。
 私の知らないマクベスタを前にして、意識が混乱する。

「お前がオレの幸福を願ってくれるのなら、死なないように……あと怪我もしないように気をつけた上で、オレの命を遠慮なく使ってくれ。それが、オレにとって一番の幸福だろうからな」

 我が手を放してからゆっくりと立ち上がり、マクベスタは微笑んだ。いつも通りの柔らかいそれに一瞬ホッとするも、マクベスタが分からなくなって……結局恐怖は拭えなかった。

「……マクベスタ王子の意見に同意します。私の命はとうに王女殿下に捧げたもの。どうぞ、好きにお使い下さいませ」
「俺は、主君へと残りの人生総てを捧げる誓いを立てました。貴女の為に生きて、貴女の為に死ぬ……それこそが罪人(おれ)に許された幸福であり、従僕(おれ)に許された役目なのです」

 マクベスタに続くように、イリオーデとアルベルトまでとんでもない事を口にした。