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 夏なので皆で納涼でもしようかと、室温を操作した東宮の一室でかき氷を食べたりしながらのんびりしていた日の事だった。

「──ん? アイツ、まさか…………」

 何処か遠くの空を見つめ、ボソリとシュヴァルツが零した。その不安げな表情がどうしても気になって、

「どうしたの、シュヴァルツ?」

 私はシュヴァルツに話を振った。
 窓の外に向けていた視線をこちらに戻し、シュヴァルツはかき氷にサクッとスプーンを突っ込んで、

「……おねぇちゃん。もし命の危機を感じるような事があれば、ぼくでもナトラでも精霊達でもいいからとにかく誰かを喚んで」

 真っ直ぐとこちらを見つめて、私の問に答える訳でもなく藪から棒に忠告してきた。

「いや……ぼくを喚んでも今は無意味だ。ぼくはまだ何も出来ないから…………だからナトラか精霊達を喚ぶようにして。出来ればナトラを喚ぶようにしてくれ。多分それが──最も被害を減らす方法だから」
「ね、ねぇちょっと待ちなさいよ。貴方はさっきから何の話をしてるの? 何で急に、命の危機だとか被害だとか……そんな話になったの? それにナトラやシルフ達を喚べって一体どういう…………」

 あまりにもシュヴァルツが物々しい雰囲気で語るので、その場にいた──ナトラ、イリオーデ、アルベルト、マクベスタ、そして私の五名は思わず息を呑んだ。
 それぞれ、かき氷を食べる手も止まってしまっている。

「まだ、ここまで来る確証は無いんだ。だけど恐らく……ぼくの予想が正しければアイツは来る。人類への恨みや憎しみを爆発させて、大暴れするだろうね」
「いやいや、だから何の話なの! 来るだとか恨みだとか!」
「はぁ…………」

 シュヴァルツは重くため息を吐いて、ナトラの方を一瞥した。「……これがお前の答えなんだな」と誰にも聞かせるつもりがない蚊の鳴くような声で、呟いた。
 そして彼は今一度こちらに向き直って、

「世界最凶の災害。最古にして原初の純血の竜種、黒の竜──……それが、どうやら人間界に戻ってきたらしい」

 思わず言葉を失うような、驚愕の発言をした。
 それには誰もが開いた口が塞がらない。しかし、その中でただ一人……ナトラだけは、これに強く反応を示した。
 ガシャンっ! とかき氷の器が床に落ちる。それはナトラの震える手から零れ落ちたものだった。
 ナトラは目を点にして、瞳孔を震えさせる。程なくして勢いよく立ち上がり、縋るような声でシュヴァルツを問い詰めた。

「シュヴァルツ、それは、まことなのか? あに、兄上が……黒の兄上が、この世界のどこかにおるのじゃと、お前はそう言ったのか!?」

 小さいが怪力を宿す手で、ナトラは抉ってしまいそうな程に力強くシュヴァルツの両肩を掴んでいた。

「うん、そう言ったよ。ぼくはそういうのもなんとなく分かるんだ。だから、アイツが人間界に来たって事もなんとなく分かった」
「そんな……黒の兄上が、この世界に……もしかしたら、また、兄上達と過ごせるようになるのか…………?」
「まあ、いつかはそうなるんじゃない? 簡単ではないだろうけど」

 黄金の瞳を潤ませてナトラはしゃくり声を上げた。
 肩を竦めながらも、シュヴァルツはナトラの手を引き剥がしたりはしなかった。
 あの日ナトラと会って、そして聞く事となった『寂しかった』という言葉。それが頭の中で反芻される。
 ナトラは寂しかったのだ。訳も分からず眠らされ……目が覚めたら大好きなお兄ちゃん達が死んでおり、残るお姉ちゃんとお兄ちゃんはそれぞれ封印と行方不明ときた。
 もし私がナトラの立場だったとしたら、きっと寂しさのあまりおかしくなっていただろう。それだけ、ナトラは孤独を感じていた筈だ。
 どれほど過去の記述を調べても、白の竜の封印を解く方法と黒の竜の行方は分からなかった。そう、ナトラが辛酸を嘗めていたのを私は知っている。

 だからこそ、我が事のように嬉しかった。
 ナトラがずっと捜していた黒の竜が自ら現れてくれた。私達ではきっと癒しきれなかったであろう、ナトラの孤独を埋めてくれる存在がようやく現れたのだ。
 そりゃあ……ナトラだって泣いて喜ぶだろう。

「……うん? ナトラのお兄さんが来るのなら、普通にいい事じゃない。どうして命の危機だとかそんな話になったの?」

 シュヴァルツのあの発言が妙に頭に引っ掛かる。涙ぐむナトラからこちらに視線を移し、シュヴァルツは淡々と口を開いた。